【金縛り】女性霊の願い
また、来た。
「ごぉぉぉぉぉぉ!!」と左耳に「耳鳴り」が響き始めた。
「フォートローダーデール」に滞在して「半年ほど」。
生活にも慣れてきて、「簡単な英会話」でのコミュニケーションは取れるようになっていた。
「語学学校」も「地元の大学の中」にある所へと「転入」をして、3か月が経っていた。
しっかり英語の習得ができたら、今後、「大学への編入も可能」という本格的なクラスだった。
しかし私は、「語学学校」「遊び」「バイト」「霊体験」で毎日が慌ただしく、「今後が考えられない」状態だった。
どの滞在場所でも様々な「霊現象」が起き、多い時は「朝・昼・晩」と「3種類の霊体験をする」という日も少なくなかった。
すでに「4軒目のアパートへの移動」を済ませていた私だったが、相変わらず「ゆっくり落ち着いて生活ができるアパート」を探す為、頻繁に「語学学校」でも「物件の情報」を集めていた。
そんな私に「クラスメイトは驚いていた」が、時々「部屋が空いているよ」と知らせてくれる人もいた。
この「4軒目のアパートの部屋」には、ドイツ・スイス・フランス・ブラジルからの留学生が「ルームシェア」をしていて、全員が私の「クラスメイト」だった。
中庭には「プール」、1階には「トレーニングジム」が備わっていて、部屋も5LDKと広かった。
授業を終え、15時頃にアパートに戻ると、すでに「クラスメイト」がリビングで集まっていた。
みんなでテレビを見ながら「軽食」を食べ、夜の「バイト」や「遊び」に備えて「リビングで雑魚寝」をした。
これが、この「4軒目でのアパート」での、ほぼ毎日の「ルーティーン」だった。
ウトウトと寝かかっていると、また「来た」。
今回で「2度目」だ。
「ごぉぉぉぉぉぉ!!」と左耳に「耳鳴り」が響き始めた。
「くっ!!」
見えないが「何かものすごいチカラ」によって「仰向けで寝ていた私の体」は押さえつけられ、体が動かない。
目だけは動かすことができて、部屋を見た。
すると「リビング」に重なるようにして「映像」が出てきた。
どこかの建物の中。
とても広い場所で、ほとんど何もなく、片隅に「何に使うかわからない大型の機械」が何台か置いてある。
「足元は地面」で、所々に「水たまり」が見える。
建物内はとても蒸し暑く、「腐敗したような水」と「オイル」の臭いがしていた。
「ガラスの入っていない窓枠」からは、「日差しの強さ」と「赤いブーゲンビリアの低木」が見えた。
「映像の中」では、私は「紺色の膝丈のワンピース」を着ていて「裸足」の姿。
「パイプ椅子」に座らされて、「両手を後ろ」に縛られていた。
私は「リビングで仰向けの状態」で「映像」を見ていたが、実際に「映像の中」に入っているような状態で「体感」ができた。
「映像の中の私」は、何かの薬を飲まされたのか「体が重く動かない」。
しばらくすると「20代に見える男性」が入って来た。
日焼けをした肌に黒い短髪、細身の体をしていて「イタリア人やスペイン人」のような「ラテン系アメリカ人」に見えた。
「パイプ椅子に座る私」の前に立つ。
男性は、愛おしそうに「私の頬」を撫でる。
その瞬間、私は「ゾッとして」鳥肌がたった。
彼から伝わってきたのは、とても強い「愛情と嫉妬」。
彼は、「私の口」を強引に大きく開かせた。
右手に「ペンチ」を握っている。
私は、恐怖で体がこわばる。
彼は、その「ペンチ」を使って、私の「上の前歯の1本」を抜こうとした。
ギシギシと「前歯」が音をたてる。
しかし、飲まされた薬のせいか「痛み」を感じない。
だが、「血の味」はする。
私は「やめて」と声を出すが、「ウ~」と「うなり声」にしかならない。
もがくが、ほとんど体も動かせない。
彼は、「2本目の前歯」を抜こうとしている。
またギシギシと音がしている。
私は、泣いていた。
彼が言った。
「こんなに愛しているのに、どうして答えてくれないのか」
「親しげに話していた男は、誰なのか」
そして「彼の思い」が伝わってくる。
彼は、自分の「激しい愛情と嫉妬」で「自分自身が抑えられない」ようで、私に「罰を与えること」で、彼に「服従」をさせて「愛を誓う」と言ってほしいようだった。
そして、彼の行動はエスカレートしていき、「私の顔を殴り」「歯を抜く」ことを繰り返した。
結局、「上下の前歯4本」が抜かれ、意識が朦朧とする中、私は殴り殺された。
「はっ!!」
そこで私は「映像」から抜け出し、リビングにいる「私の意識」へと戻った。
「息」をしていなかったのか、深呼吸をした。
「この体験」は「2回目」で、前回よりも長く、詳細だった。
「仰向け」でリビングにいる私は、まだ「金縛りの状態」だった。
横の「ルームメイトたち」は、全員が寝ている。
「眠らされているのか」全然、起きてくれない。
すると目の前に「女性の霊」が現れた。
20歳前後に見える若い女性で、長い黒髪を持ち、「人懐っこい笑顔」の可愛らしいラテン系アメリカ人。
彼女が言った。
「誰かに、自分が殺された日のことを知ってほしかった」と。
彼女には、映像に出ていた彼との面識が無く「彼の一方的な感情」だけで起きた「殺人」だった。
彼女の「恐怖」「無念」「悔しさ」などは、私が少し体感しただけでは計り知れない。
それでも彼女は、「私に知ってもらえて良かった」と喜んでくれた。
そして、笑顔で消えていった。
彼女が殺されたのが「いつ頃なのか」は不明だが、長い間、死んでも「無念な思い」や「悔しさ」などの感情から解放されず、ずっと「誰かに知ってほしい」と思い続けて、「この世」をさまよっていたのだ。
それは、「苦しく寂しく孤独」だっただろう。
あの映像に出ていた「廃工場」も「どこにあったのか」わからない。
もしかすると「廃工場の跡地」に、私が滞在をしていた「アパート」が建ったのかもしれない。
「金縛り」もなくなり、起き上がってみると、「歯を抜かれた体感」で「全身に力」が入っていたのか「あちこちが痛く」、「歯」も食いしばっていたのか「あご」も痛かった。
相変わらず「ルームメイトたち」は、のんきに寝ていた。
この体験があってから、「霊も元は人間だ」ということを改めて思った。
亡くなってからも「この世」に「未練や執着」「無念な思い」「遺族へのメッセージ」などがあると、「あの世」へとは行かず「この世」にとどまり続ける。
「この世」に居残り続けると「感情」や「痛み」も「そのまま持ち続けることになる」ようで、本人にとっては「苦しい状況」だと思う。
また「死後の世界」には、「時間」がない。
だから、その「苦しい状況」は、本人が「未練や執着」などを手放し、「あの世へ行こう」と思わない限り「永遠に続く」ようだ。
「肉体を持たず」に「この世にとどまっている人」を私たちは「霊」と呼んでいる。
私の「霊が見えるという体質」が、「霊の感情や状況」を実際に「私が見たり体感したり」することで、少しでも「霊にとって」役にたててたり、癒しとなっているのなら「それも良いか」とも思う。
「今回の私の体感」で満足してくれたのか、彼女が再び現れることはなかった。
しかし何年経っても、私の心には「あの時の殺人現場での体感」がよみがえる。
「霊を見るのは怖い」という言葉を聞くことがあるが、「霊」よりも「人間のほうが、よっぽど怖い」と思う。