霊より怖い人間
一人暮らしをしたアパートの管理人は、50代くらいの「ロシア人夫婦」だった。
奥さんは気さくで、旦那さんは無口だったが、こまめにアパートの周りを掃除する人だった。
ある日、旦那さんを見かけて「一か月後に帰国すること」と「部屋の解約」を伝えた。
その数日後、長い一日が終わり、夜中から寝始めた。
朝7時半ごろ、ドアをたたく音で目覚めた。
「こんな早い時間から誰だろう」と思いながらも睡魔に勝てず、再び、寝かかっていた私。
またドアをたたく音。
私は「居留守」を決め込んだ。
ガチャガチャ・・・ギィー
ドアの開く音で飛び起きた。
「はぁ~!? なに入ってきてるの!!」
リビングのど真ん中に敷いたマットレスの上に座った状態となった私は言った。
私から2メートルほど離れた所の玄関には、アパート管理人の旦那さんが立っていた。
「ノックしても返事が無かったから誰もいないと思って」と悪びれた様子もなく、平然と答える管理人。
「誰もいなかったら勝手に入るのか?」
「あなたが部屋をもうすぐ解約予定だから、この部屋を見たいという人を連れて来たんだ。彼らの都合の良い日時が、今日のこの時間しかなかったから」と言う管理人。
「はぁ~!? 私は何の知らせも受けてないけど!!」
「あたなには、知らせる必要ないよね。もうすぐ部屋を解約するんだし」と管理人は自分の行いが正しいとばかりに強気で言ってくる。
最初は驚きと腹立たしさがあったが、この管理人の言動を聞いているうちに「何を言っても無駄なんだな」という諦めと疲れとが押し寄せた。
結局、私は彼ら3人が部屋の隅々を見ることを許した。
アパートの管理人が勝手に部屋に入るというのは、初めての経験ではなかった。
以前、中国人のルームメイトと暮らしていたアパートでも、40代くらいのアメリカ人男性が管理人で、私達が留守中に玄関に「食べ物」や「アメリカ製品でオススメの物」などを勝手に置いていることがあった。
何度か注意をしたが男性は「アメリカでは管理人は自由に部屋に入っていいことになっているし、ボクは玄関までしか入っていないよ」と主張した。
「玄関までしか入らないボクってエライでしょ~みたいな言い方するな!」と私は注意したが、ヘラヘラ笑うだけの管理人。
しかし後日、部屋に戻ると明らかに置いていた服や物の位置が移動をしており、怒った中国人ルームメイトは警察に電話をした。
警官が来て取り調べがあり、管理人は厳重注意となった。
しかし、管理人と大半のアパートの住人は「違法薬物の売買と所持の前科」がいくつもあった為、警官が去った後、全員が夜逃げをした。
警官に一度目をつけられたアパートに、再び、彼らが戻ってくることはなかった。
このアメリカ人管理人との一件があった頃、ある日、語学学校から戻り玄関の鍵を開けて中に入った。
目の前のキッチンにある椅子に座っている男性がいる。
一瞬、ドキッとして身構えた。
男性がゆっくりと振り返る。
「あれっ、おじさん!? 亡くなったの?
日本から会いに来てくれて、ありがとうございます」
私は親戚のおじさんに言った。
数か月前に母から「病気で入院している」と聞いていた。
おじさんは、私の姿を確認すると「元気で」と言って消えた。
その二日後、母から国際電話があった。
「おじさんが二日前に亡くなったこと知ってるよ。おじさんと会ったから」
「えぇっ、知ってたの!? 知らせようと思って電話したのに」
母は驚いていた。
アメリカでは管理人は「勝手に部屋に入っていい」というは本当だろうか。
日本では考えられないことだ。
当時、何人かのクラスメートにも「アパート管理人について」聞いてみたが、誰も私のような体験をした人はおらず、「勝手に入るのは違法でしょ」という答えが返ってきた。
アメリカ人管理人もロシア人管理人も、「部屋に危険物などを持っていないかという犯罪防止も兼ねて、部屋に入るのを許されている」と言っていた。
その為、私の留守中に自由に部屋を歩き回り、物色をしていたにちがいない。
もしかしたら盗撮や盗聴もあったのかもしれない。
20年以上経つ現在でも、ふと当時のことを思い出すと「部屋に勝手に入られていた気持ち悪さ」と「事件に発展しなくて良かった」という思いが交差する。
私にとっては「霊よりも人間の方が怖い」存在だ。
昔から「ネイティブアメリカン」や「メキシコ」に関するグッズやアクセサリーが好きで集めている。
アメリカやメキシコに行くと品数も多いから、何時間でも見て買ってしまう。
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