あるホテル従業員の寮。
その建物は沖縄本島の中部、58号線沿いにあり、綺麗な青い海が見える所にある。
「コの字」のようなデザインの白い2階建てアパート。
入口を入ると右側と左側に部屋が並び、建物の中央には、さびた鉄の階段がある。
階段近くの1階と2階には、洗濯機があった。
やはりここでも外に置かれていて、未使用時はフタを開けたままにしており、潮風によって一部がさび、ホコリも虫も、何もかも入る状態となっていた。
沖縄の洗濯機事情にウンザリしながらも、スーツケースを持ち上げ、2階へ。
この寮では、他にも気がかりがあった。
それは、白いワンピースを着た若い女性の霊が部屋に入って来たり、洗濯機の横でうずくまっている姿などが、よく目撃されていることだった。
その為、霊を祓う「しめ縄」があちこちに張られていた時期もあったようだが、全然効果がなかったらしい。
それに加えて、1階に住んでいた若い男性従業員が、自殺をしたことでも知られている寮だった。
私の新しい住まいは2階の角部屋で、廊下の突き当たりに立つと海が見えた。
6畳ほどの部屋と小さなキッチン、ユニットバスがついていて、狭いベランダからは海がまったく見えず、鬱蒼(うっそう)と草木が茂る空き地の景色。
自然に囲まれた寮で、アリ・クモ・ゴキブリ・ヤモリなどが室内・室外とも多く、ベランダも干せる状態ではなかった。
引っ越しをして3日後には、小さなアリの大群が部屋の床一面や棚の上を歩いている状態で、足の踏み場も無く、掃除機で吸うわけにもいかず、コロコロの粘着テープで駆除するという、ゾッとするような作業に数日間を要した。
潮風によってキッチンの換気扇は動きが鈍く、茶色いサビがポロポロと落ちてくる状態で、ガスコンロは全然使えなかった。
だから、アリの大群が食べ物目当てで入ってきたのではなく、ベランダから玄関へと川の流れように移動するのを見た時、定期的に通り道として、部屋に上がって来ているのではないのか、と落ち着かない気持ちになった。
1か月ほど経った、ある休日。
毎日の仕事と虫との格闘に疲れ、なかなか朝起きられず、外の物音で目覚めては、またウトウトと眠りに落ちることを繰り返していた。
すると急に金縛りになり、左耳の耳鳴りが始まった。
ごぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
ベッドで仰向けだった身体は指一本動かせず、まぶたを開けることもできない。
久しぶりに感じる強力な金縛り。
しかし「目では見えない世界」を見る方では、部屋全体が見えていた。
そして、私の頭側には、部屋とユニットバスの仕切りとなっている白い壁があった。
その壁から白いワンピースを着た若い女性が、はうようにして出てくる。
私の身体の数10センチ上を、壁から少しずつ抜けて、女の身体が私の腰あたりまで出てきた。
真っ黒な長い髪の毛は、いくつもの束の塊のようになり、私の身体を覆っていく。
私のお腹の位置まで前進をしていた彼女が動きを止め、私の身体に両手をつき、ゆっくりと私の顔を見上げた。
もし霊体験が初めてだったら、このホラー映画のようなシチュエーションに、泣いて叫んでいたかもしれない。
しかし、幼少期から数々の霊体験をしている私にとって、すでに感覚が麻痺しているのか、壁から出てこようが、天井から出てこようが、どうってことはなかった。
霊も、元は人間なのだ。
いつの頃からか、私は霊体験に遭っても怖さを感じなくなっていて、かえって冷静に行動できるようになっていた。
ねぇ、なんで怒ってるの?
何かしてほしいことある?
金縛りで声が出せない為、私は彼女に心の中で呼びかけた。
うぅぅぅぅぅ。
うめく彼女。
この数日前に、1階に住んでいる同じ部署の従業員から「部屋に女性の霊が入って来た」という話を聞いたばかりだった。
よく彼女を観察してみると、白いワンピースではなく、ネグリジェを着ているようだ。
年齢は高校生くらいに見え、とても細く華奢な子だった。
格好からしても、琉球王国時代の女性ではなく、今時の若者のようだ。
そして彼女から伝わってくる感情は、寂しさや悔しさ、それと心の痛み。
断片的な映像が、現れ始めた。
学校でのいじめにより不登校となり、拒食症や精神病になっていくような映像。
孤独で精神的にも追い詰められた彼女は、自殺をしたようだ。
死んでも、生きている時と同じ感情を手放さず、さまよう霊となった彼女。
この寮には、20代から40代のホテル従業員が住んでいて、夜に集まって宴会をしていることが多かった。
彼女には、とても楽しそうな光景に見えていたのではないだろうか。
それ故に、彼女の寂しさや孤独感は増しただろうし、自分をこんな目にあわせた人に対する怒りや悔しさも、強いものへとなっていったのだろう。
あなたのことを教えてくれて、体感させてくれて、ありがとう。
私は心の中で、彼女に伝えた。
そして、今世での執着を手放して、死後の世界へと旅立つように促した。
しばらくの間、彼女はうなり声をあげ、葛藤しているようだった。
やがて、一気に金縛りが解けて、彼女の姿も消えた。
どのくらいの時間、金縛りになっていたのかは不明だが、身体が鉛のように重かった。
だが、彼女が消える間際、ふっと気持ちが軽くなった様子が伝わってきたことで、安堵感に包まれた。
それ以降、彼女を見かけることは、一度も無かった。
長年、愛用している「貼るだけのエアコンカビ防止」アイテム。
沖縄も湿度が高く、カビが出やすい。
微生物がカビを食べ、繁殖を抑えてくれる。
これを使ってから、エアコンの臭いが全然ない。
夏でも冬でも、エアコンの使用頻度が高いから、私にとって手放せない物となっている。
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