狐につままれた!?
しとしとと小雨が降る中、軽自動車を走らせて、アパートへと急いでいた。
すでに23時を過ぎている。
「目的地は、すぐそこです」
スマートフォンのナビ案内が、そう告げた。
「はぁ~!? ここ、どこよ?」
めったに独り言をいわない私だが、思わず心の声が漏れた。
車のライトに照らされていたのは、沖縄葬斎場と書かれた看板だった。
時間をさかのぼること、6時間前。
知り合ったばかりのホテル従業員と意気投合し、二人で晩ごはんを食べる約束をしていた。
夕方17時にアパートのある沖縄市から車で、うるま市の居酒屋へと向かう予定をしていた。
沖縄市に移り住んで日が浅く、土地勘がほとんどない状態で、スマートフォンの道路案内を頼りに運転をした。
途中、渋滞はあったものの、30分ほどで店に着いた。
常連客である彼女は、すでに他の馴染み客と盛り上がっているところだった。
彼女を含め、沖縄育ちの人たちは陽気で、よく飲み、よく食べた。
私は翌日の早朝からの仕事を考えて、その日は飲めなかったが、沖縄料理を食べまくり、みんなと楽しい時間を過ごした。
そして、22時30分には店を出た。
周辺は細い道や一通が多く、帰り道をあまり覚えていなかった。
その為、スマートフォンのナビ案内に、アパートの住所を入力してから出発をした。
この時間帯は渋滞もないから23時までには余裕で到着できるし、睡眠時間もしっかりとれる。
そんなことを考えながら、車を走らせていた。
また雨が少し降り出してきて、かなり肌寒く感じた。
運転をして10分くらいが経った時、急にナビが「ルートを変更します」と言った。
えっ?
そして、またすぐに「ルートを検索中です」と言う。
私は車をいったん止めて、スマートフォンを手に取った。
こんなに空いてる道なのに、何故、ルートを変えるのか。
最短ルートが、他に見つかったのか!?
訳がわからなかったが、とりあえずは目的地がアパ-トになっていることを確認して、再び車を走らせた。
するとまた「ルートを変更します」と案内が入る。
街灯がほとんど無い暗い道で、道路標識やコンビニなども見当たらない場所。
やがて住宅街に入り、どこを走っているのか、だんだんとわからなくなっていった。
ナビの地図を見ても、目印になるような店や建物の表示が一つもない。
どうすることもできず、ナビの案内に従って運転をした。
突然、前方に眩しいほどの灯りが見えてきた。
そこは、電照菊(でんしょうぎく)の畑だった。
沖縄は、菊の栽培が盛んだ。
冬の時期、夜に菊の畑を電気で照らして、開花の調整をしている。
いくつもの電照菊の畑の間を走り抜けた。
そして、また住宅街を通る。
細道や坂道、一通の道をひたすら走った。
時計を見ると、すでに23時を過ぎている。
「目的地は、すぐそこです」
車のライトに照らされていたのは、沖縄葬斎場と書かれた看板。
「はぁ~!? ここ、どこよ?」
スマートフォンのナビを確認したが、目的地は私のアパートの住所に、ちゃんと設定がされていた。
それなのに着いたのは、火葬場。
私は念の為、もう一度、アパートの住所を入力して、ナビ設定をやり直した。
そして、車を走らせた。
ナビが案内する声と、時々、画面に出ている方角を頼りに運転をした。
相変わらず、地名の書かれた道路標識やコンビニが見当たらない。
街灯がほとんどない暗い道では、他の車も走っていなかった。
しばらくして、「目的地に着きました」とナビ案内の声。
目の前には、また沖縄葬斎場の看板があった。
「まじか! また火葬場!?」
スマートフォンの画面の目的地は、やはり私のアパートの住所になっている。
火葬場から離れることも意識して、運転もしていたのに・・・。
どうなっているのか理解ができないまま、また車を走らせた。
ナビは、先ほどとは違う道を案内している。
しかし、しばらくすると「ルートを変更します」との案内。
私は、それを無視して車を走らせた。
「ルートを検索中です」と何度もナビが告げる。
そして、「目的地に着きました」。
目の前には、また沖縄葬斎場の看板があった。
あまりに驚き、頭の中が真っ白になり、思考が停止した。
心臓が、これ以上ないほど早く、脈打っている。
かなりの距離を走ったし、先ほどとは違った道を通ったはずなのに、どうしても同じ場所に着くのだ。
いや、3回とも沖縄葬斎場の看板を目にしたが、よく思い出してみると、看板を置いていた場所が違っていた気がした。
沖縄葬斎場は、何か所もあるんだろうか。
疑問は増すばかりで何一つ解決しないまま、気をとりなおして、再びナビを設定した。
今度は、目的地をアパート近くにある郵便局にしてみる。
火葬場に戻ることが無いよう、慎重に車を走らせた。
今度こそアパ-トに戻る、と強く思いながら。
そして15分ほどが過ぎた頃、目の前には、沖縄葬斎場の看板があった。
まじか! 誰かに呼ばれてるのか!?
目をこらして辺りを見回したが、何かを訴えてくるような霊もいない。
それなのに何故、4回も火葬場に着いたのか。
いくら考えても答えは出ず、アパートにいつ帰れるんだろう、という焦りがつのった。
時間は、とっくに23時30分を過ぎていた。
店からアパ-トまで30分もかからないはずだったのに、すでに1時間以上も運転していた。
何が何だかわからない状態で、まるで、狐につままれたようだった。
私は心の中で、自分の守護霊にお願いをした。
この状況から脱出ができ、無事にアパートに戻れるよう、お導きくださいませ。
そして、またスマートフォンの設定をやり直してみた。
この異様な状態にさらに取り込まれないように、闇のものを近づけないように、私はラジオの音量を上げた。
アメリカ軍の基地が流しているラジオ局からは、ずっとダンスミュージックが流れていた。
軽快な音楽を聴きながら、暗い道をひたすら運転した。
暗いT字の道路を進んでいると、突き当たりに数人の人影が見えた。
スピードを少しづつ落とす。
火葬場の次は、霊か!?
警戒しながら、ゆっくりと前進する。
どうやら4人いるようだ。
更に近づいてみると、それは制服に白いヘルメットをかぶった警察官だった。
検問のようだ。
一人の若い男性が、車に近づいてきた。
窓を開ける。
免許証の提示を求められ、アルコール度数も調べられた。
無事に済んで、ゆっくりと車を走らせる。
私はバックミラーで、彼らを観察した。
ずっと違和感があったからだ。
何故、こんな住宅街で検問なのか。
他の車を全然見かけない場所だ。
それに2本の道路が交わっていてT字のようになっており、見通しが良く、もし飲酒運転をしていたら、いち早く検問に気づいて逃げやすいような場所に思えた。
また彼らの制服とヘルメットは現代のものではなく、一昔前のもののように見え、検問をしていた場所には、パトカーが1台も無かった。
乗り物もなく、どうやって彼らは来たのか。
もし逃走する車があった時、パトカー無しで、どうやって追うのか。
そして一番の違和感は、彼らの身体には気(オーラ)が全然無かったことだった。
生きている人間には身体を包むように、必ず気(オーラ)が出ている。
それが彼らには無かったが、霊のようにも見えなかった。
彼らは一体、何者だったのか。
免許証の提示を求めてきた彼は、細いつり目で唇が薄い、表情のないキツネ顔をしていた。
4人の警察官が並んで私の車をいつまでも見ているのが、バックミラー越しに見えた。
今晩は、キツネがからんでいるような不思議な出来事ばかり、と思いながら車を走らせていると、ようやく知っている道に出ることができた。
オレンジ色の街灯が、目にしみる。
アパートの部屋に着いたのは、夜中12時すぎ。
結局、店からアパートまで1時間30分ほどかかり、ただただ疲れた。
数年が経った今でも、この日の出来事は時間も含めて、忘れられない。
それくらい強烈な出来事であり、不思議な時間だった。
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