青空と穏やかな海を見ながら、車でゴルフ場へと向かっていた。
この4か月ほど前、職場のホテルへと向かっている途中で、後ろから追突された。
赤信号で減速をしているところに、勢いよく後方から車がぶつかってきて、首と腰とにムチ打ち、そして全身打撲となった。
免許を取ったばかりの大学生が徹夜で遊び、居眠り運転をしていたからだった。
私は休職を余儀なくされ、ムチ打ちと全身打撲の症状を緩和させる治療を受けに、毎日、クリニックへと通った。
身体は少しずつ回復したものの、残業の多いフロントでの立ち仕事はできない状態となった。
その為、ホテルが所有するゴルフ場の予約課へ異動となった。
沖縄の海側にあるホテルと違って、ゴルフ場は内陸部の高台にあった。
上司への挨拶と制服合わせ、館内案内をしてもらいに、初めてゴルフ場を訪れた。
手入れの行き届いたグリーンが広がり、青空によく映えていて、とても綺麗だった。
遠くには、海も見えた。
ゴルフ場にはホテルが隣接しており、レストランや室内からの眺めも最高だった。
帰り際に、予約課の上司が言った。
「明日から出勤する時、必ず従業員専用の駐車場を使ってください」
従業員とゲスト(お客様)専用の駐車場とでは、道路が分かれているとのことだった。
58号線の通りから従業員駐車場までの道順を、明るい昼間のうちに確認しておくことにした。
駐車場の入口を見落とさないように、慎重に運転する。
だんだんと車1台が通れる幅しかない細い道路へと変わっていき、景色は畑や住宅が多くなってきた。
駐車場らしき場所が、全然見あたらない。
坂道を上り、どんどん奥へと進んで行くと、両側には木々やサトウキビ畑などが見えてくるようになった。
そして、別会社の敷地を示す看板が立っていた。
一体、駐車場はどこだったのか?
車を止めて、あたりを見渡した。
すると車の前方、背の高いサトウキビ畑の中から、わらわらと老若男女が出てきた。
50人以上、いるようだ。
その中の男性が、「駐車場は、この道を100メートルほど下った所にある」と教えてくれた。
私は、心の中でお礼を言った。
言葉にしなくても彼らには、ちゃんと私の思いが伝わった。
それは、全員が霊だからだ。
戦争で亡くなった人達のようだった。
道を教えてくれるなんて、親切な霊だ。
時々、こういった情報をくれる親切な霊と出会うことがある。
しかし、彼らに私が見えて聞こえる体質だとバレてしまっては、明日からこの道は使用できない。
なぜなら、彼らは私を見つけると、自分達の想いを聞いてほしいと毎回出てくるにちがいないからだ。
そういった経験を、過去に何度か体験していた。
出勤前に大人数で車を取り囲まれたりでもしたら、車の故障・遅刻・体調不良などになりかねない。
そんな事態を防ぐ為、従業員の駐車場は発見できたものの、ゲスト専用の道路と駐車場を使わせてもらえないかと伝える為に、再び上司の所へ向かった。
「あなたも見える人ですか~」
再び現れた私に、上司は言った。
このゴルフ場とホテルでは、従業員もゲストも霊の目撃が多いとのことだった。
従業員の中には体調不良となり、異動3日目で辞めた者もいると言う。
ゴルフ場では赤いワンピースを着た女性霊が目撃されたり、あるホールでは、キャディーが必ずお辞儀をしてから入らないとケガをする、という話まで聞いた。
今まで働いていたリゾートホテルでも霊が多かったが、車の追突事故よって、更に霊の多い場所へと配属となったのだった。
霊たちに呼ばれたか!?
ふと、そんなことを思った。
翌日からゲスト専用駐車場に車を止めて、出勤をした。
朝のゴルフ場は爽やかな海風が吹き、グリーンが鮮やかで、とても綺麗だった。
だが、館内の従業員専用通路や仕事場は、いつも薄暗さがあり、湿気ている場所も多く、窓から日が射していても寒気がした。
いかにも霊が好みそうな環境だった。
更衣室に現れる若い女性霊、倉庫の荷物の間にうずくまる少女霊など、あちこちで霊を見かけた。
話しかけてくる霊はいなかったが、どこにいても、四六時中、誰かに見られている感覚があった。
そんな環境の中、予約課と繁忙期にはフロントで数時間だけ働いた。
ゴルフ場では、大半の従業員が早朝からの出勤だったが、私は11時出勤の遅番として入ることが多く、とても働きやすかった。
いつも帰る頃には、すっかり辺りが暗くなっていた。
ある日の帰り、ホテル敷地内の道路を出て、街灯がほとんどない細い道を走り、58号線へと向かっていた。
直線道路となり、他の車もいなかった為、少しスピードを上げて運転をしていた。
すると突然、ヘッドライトに膝から下の足が4本、浮かび上がった。
「うわっ!!ごめん、ひきま~す!!」
車は、急に止まれない。
私はスピードを落とすことなく彼らをひいたが、何も衝撃はない。
彼らには、肉体がなかったからだ。
4本の裸足が見えた時、すけていたから霊だと判断をして、車でひく決断をした。
車が彼らに近づくにつれて、全体像が浮かび上がった。
どちらも20歳前後の若い男性霊で、少し丈の短い浴衣のようなものを着ていて、道路の真ん中で話をしているようだった。
ひいた後、後ろを見ると、暗闇の中に並んで立つ彼らの姿があった。
車の中に入ってこなくて良かった、という安堵と同時に、急に道路の真ん中に現れるなよ、という思いになった。
沖縄には電車がないから、車での移動となる。
暑い陽射しの中、歩行者や自転車に乗る人は少ないから、車の運転はしやすい。
しかし、私にとっては注意散漫になりやすく、運転は好きだが疲れやすかった。
自然とお墓の多い、沖縄の道路。
ヘビやマングースなどが飛び出してくることもあれば、霊も出てくる。
お盆の時期、沖縄市のある交差点で信号待ちをすると、必ず、霊たちが車内に入って来た。
そして、運転席にいる私にすがってくるのだ。
後ろから首をひっぱる霊、両横から身体によじ登ってくる霊、足元にうずくまる霊など。
毎回、息苦しくなり、咳き込み、運転に集中ができなくなる。
「今、運転中。あとにして!」
何度か注意するが、霊たちは聞かず、増えるばかり。
そして、しばらく走行していくうちに離れていく。
ある時は万座毛の近くの道路で、琉球王国時代の霊を何度か見たことがあった。
着物を着て、馬にまたがる士族の男性霊だった。
現代人よりも、かなり背が低く、馬も小さかった。
私が車で並走をしても、彼はまっすぐに前を向き、どこかを目指しているようだった。
沖縄は、目で見える景色の綺麗さと、目では見えない世界からの驚きと発見に満ちている魅力的な島だった。