霊・UFO・前世などの体験

不思議な人生の記録

本に呼ばれる

この数か月、同居人の体調不良もあり、今まで以上に仕事と家事に追われ、ホッできる時間がなく、毎日が過ぎている。

 

ゆっくりショッピングがしたい、と思うものの、数日ぶりの食料品などの買い出しで、すでに荷物は重く、帰宅しなければならない時間も迫ってきていた。

 

そんな時、本屋の前を通りかかった。

 

私は本屋が好きで、普段なら何時間でも飽きずに滞在できる。

 

しかし、今は時間に余裕もないし、荷物も増やしている場合でもない。

 

家に帰って、仕事をしなければ。

 

それなのに、本屋の中から声が聞こえるのだ。

 

その声を聞くと、私は本屋に入らないと気がすまない。

 

たとえ、どんな状況でも。

 

重い荷物を抱えながら、店内に入る。

 

この日、声がしていたのは、精神世界の棚にあったマンガからだった。

 

その表紙を見て、驚いた。

 

数か月前にそのマンガの存在を知り、読みたいと思っていたが、昔に出版された物は、オークションで10万円を超えたとされる話題の本で、手に入らないと思っていたからだ。

 

復刻改定されて本屋に並んだ初日に、私はマンガ本に呼ばれ、手にすることができた。

 

本の声というのは、人間の声とは全然違う。

 

本が明るい白い光を放っているのが見え、頭の中に直接、音のような振動のようなものが入ってくるのだ。

 

昔から本屋に入ると、本に呼ばれる。

 

多い時は、あちこちの棚に置かれた本から、お呼びがかかる。

 

私は、その声を聞きながら、本を手にして、軽く文章に目を通す。

 

すると、何気なく開いたページに、私の知りたかった答えが載っていたり、今後に必要な情報があったりする。

 

これは、私自身の守護霊が段取りをして、本を通して回答や情報を与えてくれている。

 

自分で本を選んでるように思っている人が多いが、実際は本に呼ばれて、手に取っている。

 

本からの白い光が見えていなくても、声が聞こえないと思っていても、誰もが第6感を持っているから、自身の気(オーラ)を通して反応している。

 

私は、更に重くなった荷物を抱えて、家に戻った。

 

ゆっくりと本を読む時間は、今は取ることができないが、毎日、数ページずつ読み進めている。

 

漫画家の見た夢が、次々と現実となり、話題になった本だ。

 

世の中には、不思議な体験を持つ人が多い。

 

墓場に集まる霊

ようやく朝晩、涼しくなってきた。

 

夏の猛暑による寝不足と疲れもあって、朝が涼しくなってくると、いつまでも寝ていたくなる。

 

数年前までは、想像もつかなかった。

 

長時間にわたって、朝まで熟睡できる日が、やってくるなんて。

 

40代前半まで、私は浅い眠りしか取れなかった。

 

たとえベッドに長い時間、横になっていたとしても、熟睡できるのは2~3時間程度で、あとは物音で目が覚めたり、霊に起こされ想いを聞かされていたり、時々、金縛りによって体力消耗したり・・・ほとんど眠れないまま、いつも朝を迎えていた。

 

眠れない日々が本格的に始まったのは、5歳くらいから。

 

数日前、久しぶりに、子供時代に住んでいた家の前を通りかかった。

 

今ではオシャレな新しい家に変わり、若い夫婦と子供が住んでいるが、当時は木造2階建てだった。

 

ここの家族、ちゃんと眠れてるのかしら。

 

その家を見ながら、ふと思った。

 

私が小学生の頃、木造の家の中では、たくさんの霊の気配と声がしていた。

 

切断された頭部を、首から落ちないように両手で押さえながら、階段を下りてくる女性。

 

床の間に座っている女性。

 

庭の片隅に立って、家の中を見ている男性。

 

頭にナタが刺さったままの、白い着物姿の女性など。

 

何度も目撃し、勉強中や寝ている時に名前を呼ばれることも、しょっちゅうだった。

 

私は一人っ子で、自分の体験を他の子供に話す機会がなかったし、祖母も父も霊が見え、数多くの霊体験をしていたから、このような怖い体験は、誰もがしているもので、この恐怖を乗り越えて、みんな大人になっているのだと思っていた。

 

しかし、小学校に入学をして、同級生と過ごしていくうちに、霊が見えていないこと、人の感情が読めないこと、夜はしっかり眠れていることを初めて知り、驚いた。

 

どうりで夏になると、お化け屋敷や肝試しに行った話、怖い話のテレビ番組で盛り上がるわけだ。

 

私にしてみれば、怖いのが日常茶飯事だったから、わざわざお化け屋敷や肝試しに行く人が不思議だったが、見えていないことを知ってから納得がいった。

 

それに私は、小学3年生くらいまで、相手と目を合わせるだけで、会話をしなくても相手の感情が読めることがあったり、じゃんけんで何を出すのか、前もって映像が飛んで来ることがあった。

 

私へのサプライズを用意されていても、前もって映像が届いて知ってしまうこともあり、どんな顔をしてプレゼントを受け取れば良いのか、わからないことも多かった。

 

子供の頃、霊体験などの目では見えない世界でのことが、色鮮やかで、驚きや怖さの度合いが高すぎて、学校生活などの目で見える世界での出来事は、どれも平和的で、友達が怖がっていても、私にとっては、たいしたことがなかった。

 

だから私の通知表には、『喜怒哀楽が乏しく、子供らしさがない』『大人びている』などと、よく書かれていた。

 

今思えば、子供の頃は感受性が強く、人と目を合わすことが苦手だったり、昼夜を問わず霊が現れる怖さとで、常に気が張っていた。

 

夜が眠れず、昼寝で寝不足を解消しようとしても、結局、霊に起こされて眠れない。

 

同級生から「昨日は爆睡だった」などという話を聞くたびに、うらやましく思ったことが何度もあった。

 

しかし、中学生くらいになると、爆睡してみたいという思いより、目では見えない世界の仕組みについて、の探求心のほうが勝っていった。

 

その頃には、霊体験にも人の目にも慣れ、まったく怖さを感じなくなった。

 

家で何度も目撃していた、頭にナタが刺さった女性や切断された頭部を持つ女性を見て、なぜ、そんなことになっているのか、と興味が湧くようにもなっていった。

 

だが彼女達は、私の名前を呼び、姿を現すだけで、何も言ってこない。

 

他の霊も、ただその場所に立っていたり、うずくまったりしているだけで、何の要求もしてこなかった。

 

20代になった頃、私の生まれ育った地域が、昔は墓地だったことを知った。

 

そして旦那さんに、ナタでなぶり殺された女性の話も聞いた。

 

家に現れていたのは、昔、墓地だった所にいた成仏できていない、たくさんの霊だった。

 

かなり昔に墓場は壊され、その土地に住宅街を造ったようだ。

 

だが、霊はその場所に残ったまま。

 

長い月日が流れ、その場所にお墓があったことを知る人もいなくなっていた。

 

たくさんの霊が居着いている土地に建った家に、私は高校生まで住んでいたのだ。

 

現在、家は新しくなっているが、墓地だった土地は変わらず、あの時の霊もずっといるに違いない。

 

死後の世界では、時間というものが無いし、この世の執着や未練を霊自身が手放さない限り、あの世へと旅立つことはないから。

 

他の地域でも、こういった土地はあるだろう。

 

元は墓地だったり、戦場だったり、処刑場だった土地を住宅街へと変えている所が。

 

そういった場所は、霊も多い。

 

どういう土地に住んでいるのか、知っておくことも大切だと思う。

 

 

夏は、虫よけとアロマとを兼ねて、ミントやティーツリーの香りを使っている。

朝までグッスリ眠れるから、気に入っている。

 

 

 

鳳凰(ほうおう)

夢を見た。

 

黒煙の中にいるかのように、歩いても歩いても視界が悪く、自分の足元でさえ見えない。

 

息苦しく、酸素を求めて深呼吸をしたいのに、刺激臭の臭いで、それもできずにいた。

 

自分がどこへ向かって歩いているのかもわからず、時々、黒煙が薄まる箇所はあっても、そこには深緑色のモヤがかかっている状態で、結局、何も見えない。

 

周りに人の気配やうめき声のようなものはするが、歩いても歩いても誰にも会わない状態が続いていた。

 

突然、煙やモヤが消え、目の前に石垣があることに気づいた。

 

その石垣の上には、大きな緑色の筒が空に向かってそびえ立っていた。

 

筒の先端に、鳳凰(ほうおう)がいた。

 

やがて羽を広げ、上空を優雅に飛び回る。

 

羽の先端が濃いピンクや紫に染まっていて、柔らかなオレンジ色の光を体から放っていた。

 

私の頭の中に、音楽のようなものが流れてくる。

 

鳳凰が羽ばたくごとに視界は良くなっていき、光あふれる緑豊かな景色が広がっていった。

 

そこで目が覚めた。

 

鳳凰を見るのは、久しぶりだった。

 

前に見たのは沖縄に住んでいる頃で、朝、海沿いを車で走っている時だった。

 

朝焼けが広がる穏やかな海の上を、朝日に向かって飛んでいた。

 

その時も、オレンジ色の光をまとっていて、その姿はとても神々しいものだった。

 

同時に、私の頭の中に直接、鳳凰が奏でる音楽のようなものが流れてきていた。

 

これは耳で聴く音楽とは異なり、光にメロディーがついているようなものだ。

 

それは、私の身体を光で満たし、元気を与えてくれるエネルギーとなった。

 

沖縄の同じ場所の海上で、龍も目撃したことがある。

 

龍は強く荒々しいが、鳳凰は、しなやかで優雅な印象だ。

 

鳳凰の放つ光と奏でる音楽のようなものは、現在の人類や地球に、癒しや再生を与えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中の訪問者

今年の夏は、うだるような暑さが続き、熱を蓄えた鉄筋コンクリートの壁により、私の部屋のクーラーは19度設定にもかかわらず、サウナのような状態だった。

 

熱帯夜で、2台連動タイプのクーラーは音がうるさく、扇風機で部屋の空気をかき混ぜていても風は生暖かいままで、いつも汗をかきながら、熟睡もほとんどできない毎日を過ごしていた。

 

数日前のこと。

 

トイレに行きたくて、目が覚めた。

 

ベッドに入って、まだ1時間くらいしか経っておらず、時計は真夜中の0時40分となっていた。

 

珍しいこともあるもんだな、と思いながらトイレから戻ってくる。

 

ベッドに横になると、身体は疲れているのに眠れない。

 

蒸し暑さとクーラーの音が気になり、何度も寝る体勢を変えてみる。

 

しばらくすると、ようやく眠気がやってきて、まどろみ始めた時、下の階で物音がしていることに気がついた。

 

時計の表示は、2時30分。

 

夜中に玄関や各階の窓が開くと警報が鳴るようになっているが、それらは一切聞こえない。

 

それにベッドにいながら、下の階の廊下を黒い塊のようなものが進んでいる様子が見えている。

 

これらの状況から、明らかに人間ではなく、目では見えない世界からの者だ。

 

この日は同居人がおらず、家には私一人だけだった。

 

何者かが廊下を歩いているような足音がしていて、やがて階段を上がってくる音へと変わっていった。

 

やばいな、ここに来ると思った時には、すでに真っ黒な大きな影が私の身体へと覆いかぶさっていた。

 

クーラーをつけている為、部屋は密閉状態だ。

 

それなのに影は、階段から一瞬にして部屋へと入り込んでいる。

 

その影は、先端がうずまきのような形になったり、全体が伸びたり縮んだりを繰り返したり、自在に動き回った。

 

私の身体は、影によって羽交い絞めのようになっていて、動くことができず、左耳はジェットコースターにでも乗っているかのような轟音がしていた。

 

部屋のあちこちで、ラップ音もしている。

 

ベッドの半分には、縦半分に折った掛け布団やタオルを置いていて、もう半分の場所で、何もかけずに仰向けで寝ていた。

 

その為、パジャマを着た身体の上に直接、大きな影が覆いかぶさり、うごめいている状態だった。

 

それはとても重く、私の身体から生気が吸い取られているような感覚があった。

 

その影の中から、男性と犬が見え始める。

 

どちらも影絵のような見え方で、ツバのある帽子をかぶった男性と大型犬だった。

 

本能的に、この影に捕らわれてはいけない、と思い、身体が少ししか動かないながらも必死に抵抗を試みた。

 

目では見えない世界の者と対面した時、霊の場合でも、言葉を交わさずとも感情や死因などの情報が伝わってきたりする。

 

この影から伝わってきたものは、どこまでも広がる闇のような映像と陰湿な黒い感情のようなもので、今までの霊体験などとは比べ物にならないほど、危険に思えた。

 

この影の男性は、生前は人間で、死後、霊になったというものではない。

 

説明が難しいが、しいて言うなら悪魔や死神のような類のものだ。

 

いつの間にか、私の身体は掛け布団にくるまれていた。

 

そして、影はベッドの右側へと移動していて、掛け布団ごと私をベッドから床へと落とそうとしていた。

 

床に落とされた時点で、魂が連れて行かれる。

 

なぜか、そう思えてならなかった。

 

ものすごい力で引っ張られる中、落とされないようベッドにしがみつきながら、私は知っている、わずかな数のお経をくり返し唱えた。

 

ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。

 

部屋全体に轟音が響き、ラップ音は激しく、ベッドが左右に揺れ始める。

 

右側から影が掛け布団を引っぱるが、抵抗する私に加勢するように左側へと引き戻してくれる力があった。

 

私の身体も激しく左右に揺れる。

 

頭から生気を取られているのか、何度も意識が飛びそうになった。

 

感覚としては、10分くらい戦っていた気がする。

 

突然、部屋から影が消え、ラップ音と轟音がなくなった。

 

ベッドはしずまり、掛け布団は元の場所に置かれていた。

 

何事もなかったかのように、部屋はいつもの状態だった。

 

私だけが、いつも以上に汗だくとなり、全身に力が入らないほど疲弊していた。

 

だが、連れて行かれなくて良かった、という安堵感が広がっていた。

 

私の守護霊やお経によって、助けていただいたようだ。

 

私がベッドから落ちないよう、掛け布団の左側を引っぱっていただいたおかげである。

 

もうクタクタで、睡魔と戦いながらも、生かしてもらえたことへのお礼を守護霊などに伝えてから眠りについた。

 

朝、いつも通り、目覚ましの音で起きた。

 

真夜中の格闘と蒸し暑さとで体力は消耗していたが、朝食後、家の中をモップがけすることにした。

 

廊下を掃除していたら、私の部屋に置いてあったスマートフォンが鳴り、バイブの振動があった。

 

平日の午前中に電話をかけてくるとしたら、たぶん母だろう。

 

私は勝手にそう思い、荷物を移動させながらモップをかけていたこともあり、落ち着いてから折り返しの電話をしようと決め、掃除に集中した。

 

掃除が終わり、スマートフォンを見てみる。

 

えっ!?

 

着信の表示が、全然ない。

 

確かに着信音が鳴り、バイブも作動していたのに。

 

こんなことってあるのだろうか。

 

母に電話をして尋ねてみると「電話していない」との回答。

 

では一体、誰からの電話だったのか。

 

これも、昨夜の出来事と繋がっているのか。

 

久しぶりにゾッとした夜ではあったが、どこからやって来たのか、なぜ来たのかがハッキリとしない得体の知れない者だった。

 

影のこと、電話のこと、考えれば考えるほど、わけがわからない。

 

常日頃、私は死に対して恐怖はなく、むしろ楽しみにしている。

 

この世の修業から解放される死が来るまで、私は懸命に生きようと思っているが、今回のように、目では見えない世界からの得体の知れない者によって、変死するのは望んでいない。

 

あの日以降、影は現れていない。

 

 

 

 

 

【前世の記憶】心乱される記憶

私は裸足で、片足を引きずりながら逃げていた。

 

遠くから大勢の男の声と犬の遠吠えが聞こえ、彼らの持つ松明の明かりが近づいてくる。

 

気は焦るが、身体が思うように動かず、息苦しい。

 

どこかに身を隠したいが、石造りや木造の店が建ち並ぶ通りへと入ってしまった。

 

オレンジ色の街灯が所々にあるだけで、その石畳の通りは薄暗く、夜中ということもあり、店の中に入ることも隠れる場所もない。

 

先ほどまで通りの裏にある林に隠れていたが見つかってしまい、正面から左肩を矢で射抜かれていた。

 

なんとかすぐに取り除いたものの、どうやら矢じりに毒が塗ってあったようだ。

 

男たちや犬を避けながら、林から風下にある通りへと逃げている間も血が止まらず、身体にしびれが出てきていた。

 

ワンピースは赤く染まり、すでに全身にまでしびれが広がり始め、目がかすむようになってきている。

 

それでも「捕まりたくない」という思いが強く、塀に寄りかかりながらも、道の奥へ奥へと進んだ。

 

だが、そこは行き止まりになっていた。

 

絶望とともに、振り返る。

 

男たちの声と石畳に響く足音が、すぐそこまで近づいてきていた。

 

これは、私の前世記憶の一部である。

 

この記憶が蘇ったきっかけは、あるマンガだった。

 

今世の私は、学生の頃から、よくマンガや小説・雑誌を読んでいた。

 

20歳の頃、ますます本の世界に夢中になった。

 

絵本・図鑑・医学・宗教・旅行・歴史など、パソコン関連以外の様々な種類の本を読み、知識を得る喜び、現実逃避ができるマンガは、リラックスタイムとなっていた。

 

特に、篠原千絵さんの描くマンガはどれも魅力的で、何度も読み返すほどストーリーがおもしろく、よく買っていた。

 

そして、21歳の頃に『天は赤い河のほとり』に出会った。

 

読み始めると話の内容に、どこか懐かしさを感じるようになっていき、それが一体何なのか、を知る為に何度も読み返した。

 

すると、フラッシュバックのように、少しずつ記憶が蘇ってくるようになった。

 

またアクションの多いドラマや映画で、左肩をアイスピックや小刀で刺される場面を観た瞬間、私にも似た経験がある、と今世の私にはまったく体験がないのに、不思議とそう思う自分がいた。

 

パズルのように断片的なピースが繋がり始めると、それはやがて、恐怖や痛みのトラウマの記憶と、あの人に会いたいけど会ってはいけない、という思いをも呼び起こし、心乱れるような、息苦しいような感覚を抱くようになっていった。

 

すでに20年以上の時をかけて、この前世の記憶は、だいぶ繋がってきている。

 

だが、まだまだわからない部分も多い。

 

中世ヨーロッパか、もっと古い時代のような前世。

 

国は乱れ、あちこちで内戦が起こっていた。

 

私は貧しい村で生まれ育ち、やがてそこも戦場となって両親は巻き込まれて亡くなり、住んでいた場所も焼野原となった。

 

 まだ子供だったが頼る人もなく、路上生活をしていたような記憶があり、奴隷としてか、または人買いによって、ある身分高い人の館に引き取られたようだ。

 

その館の一部では、人体実験を行う部屋があり、たくさんの孤児たちが暮らしていた。

 

透視能力や未来映像が見える人材を育て、敵地の情報を集めたりしているようだった。

 

私も、そこで何度も実験されていた。

 

そして、実験がうまくいかない時は、身体に電流を流されたり、毒を持つ虫の部屋にいれられたりと、いろいろな拷問を受けていた。

 

拷問によって、たくさんの子供が命を落とす環境だった。

 

第6感の開花は、激しい怒りや恐怖が引き金となったり、体内の生体電流が関係すると考えられていた。

 

現代でも霊感が強い人は、よく家電が壊れたり、キップやカードの磁気が飛ぶことがあり、これは体内の電流量が多いからという説がある。

 

前世の私は成長するにつれ、少しずつ第6感の能力を開花させ、他の子供たちと違って、専用の部屋やバスルームを与えられ、優遇されるようになっていった。

 

だが、自分の能力が戦いに使われ、多くの犠牲者を出すことに耐えられず、その施設から逃げ出した。

 

私は10代後半の若い女性で、腰くらいまである黒髪に、ワンピースを着ていて、裸足だった。

 

左肩からの出血がひどく、全身がしびれ、立っているのがやっとの状態だった。

 

大勢の男たちに追い詰められ逃げ場を失った私の方に、上級軍服を着た長身の男性が近づいてくる。

 

通りが暗く、逆光で顔はよく見えないが、その彼が私の腕を掴んだ記憶が蘇った瞬間、今世の私の脳がしびれるような状態となり、心が乱されるような感覚になった。

 

この男性こそが、会いたいけど会ってはいけない、という思いにさせる人物だった。

 

前世の記憶では、彼に腕を掴まれたところで、私は意識を失っている。

 

その後は、傷と毒によって出た高熱による身体の熱さと息苦しさとで、とぎれとぎれの記憶しかない。

 

だが、ベッドに寝かされ意識がもうろうとしている中、何度か私の頬をやさしく撫でる大きな手の感触は覚えている。

 

 そして意識が戻り、左肩の傷が癒えた頃には、館の地下牢へと入れられた。

 

逃亡の罪を犯し、二度とくり返さないよう、牢獄の壁に固定された鎖に左手首を繋がれた。

 

ほとんど身動きができず、家畜のような扱いの中、戦いに備え、私の透視能力や未来映像を聞くのが目的でやって来る者もいた。

 

あの上級軍服を着た男性も何度か顔を見せ、身分や地下牢という環境に関係なく、私に優しかった。

 

私が館から逃げたもう一つの理由は、彼にあった。

 

日に日に彼への想いが募り、身分違いの恋に苦しくなったからだ。

 

館の主人は身分が高く年老いた男、その息子の友達が、彼だった。

 

戦いが多かった時代ということもあり、気性が激しく、残忍なところがある男たちの中、20代の若さでありながら、彼は穏やかで頭脳明晰だった。

 

ある日、私の能力が大きく戦場を変え、国に貢献をしたようだった。

 

地下牢から解放され、自分専用の部屋へと移される。

 

私は久しぶりに広いバスルームを使い、垢と汚れに覆われた身体を洗った。

 

お湯につかっていると、上級軍服を着た男性がバスルームに入ってきた。

 

メイドたちが全員、退出する。

 

男性が近づいてきて、手を差し伸べてくる。

 

二人っきりとなり、裸の私には逃げ場がない。

 

彼は私を引き上げ、お湯で濡れたままの私を抱きしめ、キスをした。

 

脳がしびれるような感覚になり、全身の力が抜けていくような快感に満たされた。

 

彼との身分違いの恋に関する記憶は、今世になっても私の心を乱す。

 

そして、第6感開花の為に受けたトラウマの記憶も同時に蘇る。

 

他にも前世の記憶は持っているが、この記憶だけは特殊だと思う。

 

21歳の頃から現在に至るまで、まだ新たな記憶がでてきたりして、全てが解明されていないように感じる。

 

人との出会いや物事には、縁とタイミングがある。

 

マンガを手に取り、この前世を思い出すきっかけとなったのも必然だろう。

 

そして、いつか解決するにふさわしいタイミングで、全ての記憶が一つに繋がるはずだ。

 

誰もが第6感を持っているが、直感や虫の知らせ程度で、能力を活用できていない。

 

前世記憶に関しても、脳内に封印されたままの人が多い。

 

でも、同じ類の本にばかり興味があったり、懐かしさを感じる出会いや出来事があったなら、それは前世と繋がりがあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水子霊

水子(みずこ)とは、生まれてから日数が経っていないうちに亡くなったり、中絶や流産などで、この世に生を受けることができなかった胎児のことだ。

 

私の家系にも、複数の水子がいる。

 

その為、家のお仏壇には水子の位牌(いはい)があり、ご先祖のお墓の横には、お地蔵さんを安置している。

 

私が水子の存在を知ったのは、小学生の時だった。

 

当時、木造2階建てに住んでいて、祖母も若く元気だった。

 

テレビのある居間の隣は、祖母が寝起きしたり、客人を迎えたりする縁側つきの部屋となっていて、そこにお仏壇もあった。

 

蒸し暑いお盆の時期には、死者が迷わず帰ってくるように、と縁側に提灯を吊り、お仏壇の横にも盆提灯の明かりをつけ、絶えずお線香が焚かれ、祖母がお経を朝晩と唱えていた。

 

お仏壇や簡易テーブルには、そうめん・白飯・煮物・枝豆・蒸したサツマイモ・果物・お迎え団子やお菓子、また水やお茶に加えて、ビールや日本酒などが所狭しと並べられていた。

 

小学生の私にとって、お盆は普段と違い、荘厳で神秘的な雰囲気があり、ワクワクするような高揚感と、家だけではなく、町中がザワザワと霊の気配に満ちていく怖さとが、合わさる期間でもあった。

 

ある日の夜、居間で家族と食事をしながら、テレビを観ていた。

 

ちょうどドリフターズの「8時だよ。全員集合!」と呼びかけがあった時、

ふと縁側の提灯へと目が向いた。

 

吊るされた提灯の中のロウソクの火が激しく揺れていて、暗闇の中、そこだけがほのかに明るく、その灯火によって周りの影が不規則に動いていた。

 

そして、隣の部屋の異変に気づく。

 

部屋の真ん中に、模様の入った茶色の毛布が置かれていた。

 

それは、何かを包んでいるかのように形作られていた。

 

はっきりと中が見えた訳でもないのに、なぜか私は「男の赤ちゃんが入っている」と確信を持って呟いた。

 

それを聞いた祖母も隣の部屋を見て、「あぁ、水子さんが帰ってきた」と言った。

 

祖母も幼少期より、目では見えない世界が、見える体質だった。

 

その時に初めて祖母から、水子さんとはどういうものか、を詳しく教えてもらった。

 

数日後、私が階段を上がっていると、3段ほど前を飛び跳ねるように上がっていく少女の霊に気づいた。

 

7歳くらいで、おかっぱ頭に大きな花柄が描かれた赤色のワンピースを着ていた。

 

不思議と怖さは無く、「女の水子さん」と嬉しくなる自分がいた。

 

この小学生時代のお盆以降、私は度々、この男女の水子さんに助けてもらっている。

 

私が20代の頃。

 

ある日の夕方、駅から家までの帰り道。

 

仕事に疲れ、考え事をしながら、慣れ親しんだ道を歩いていた。

 

車が多い時間帯で、交差点にさしかかった。

 

私は考え事に夢中で、ろくに信号を見ておらず、横断歩道を渡ろうとした時、急に後ろから襟首をつかまれ、同時に自分へと向かって吹いてきた強風の影響も加わって、勢いよく後ろへと引き戻された。

 

次の瞬間、目の前をトラックが横切っていった。

 

間一髪の出来事だった。

 

その時、まだ赤信号だったことに気づいた。

 

私を引っ張ってくれた人にお礼を言おう、と振り返って見る。

 

その通りには、人っ子一人いなかった。

 

いたのは、10代に見える女の子。

 

我が家の水子さんだけだった。

 

その女の水子さんは、以前にも「この日は交通事故に遭うから外に出ないで」と、何度か知らせてくれ、当日、私は会社を休んだことがあった。

 

何かと助けてくれる、男女の水子さん。

 

しかし、この男女の水子さんが姿を現す時、いつも年代が違うのだ。

 

ある時は、幼児や小学生くらい。

 

ある時は、大人になっている姿。

 

同じ家系だからか、20代の姿で出てくる女の水子さんは、私と顔が似ている。

 

だが私と違って、とても女性らしい容姿に服装、癒し系の可愛らしい雰囲気を持っている。

 

また私が寝かかっている時、突然、男児の姿でやって来た男の水子さんは、いたずらで、私の頭をペンペンと軽くたたいてきたことがあった。

 

「遊んでほしいの?」と尋ねながらも、睡魔に勝てずに寝てしまった経験がある。

 

20代に見える姿で現れた時の男の水子さんは、180センチくらいの身長で、芸能人の反町隆史さんの目元によく似た男前だ。

 

霊体ではなく実際に生身の人間で会いたかったな、と毎回思わせるほど、見た目の良い爽やかな男の水子さんだ。

 

男児の姿も成人で男前の姿も、私にとって彼は『目の保養』となっている。

 

うちの家系には複数の水子さんがいるものの、いつの間にか、この男女2人を意識して生活するようになっている。

 

彼らは肉体を持って産まれてこれなかったが、私の身体を通して、一緒に人生を歩んでいるような感覚がある。

 

余談になるが、死後にあの世へと戻った魂が、この世の家族や友達などに逢いに来る時、年代の見た目を変えてくることがある。

 

我が家の水子さんの場合、この世に生まれ、成長するという体験をしてみたかったのか、年代や服装を変えて現れる。

 

自身の人生を全うして、あの世へと戻った人の場合、生前に一番好きだった年代の容姿で霊となって、この世にいる家族などに逢いに来たりする。

 

だから、高齢で亡くなったとしても、その人にとって、20代の自分が楽しかったと思っていたら、若々しい姿の霊体で現れることがある。

 

しかし、この世に未練などがあって、あの世へと戻らず、その場にとどまった霊の姿は、亡くなった当時のままだ。

 

高齢で病死なら高齢の姿のまま、病気の痛みも持ったまま。

 

事故死なら、ケガや骨折した状態のまま。

 

焼死や水死なら、ただれた皮膚の見た目も、苦しさも持ち合わせたままの姿で、霊として現る。

 

もし亡くなったことを認識させたり、未練や想いなどの解決ができたら、病気の痛みは消え、ケガや骨折は治り、生前の元気だった頃の姿へと戻り、あの世へと旅立っていく。

 

 今後も、男女の水子さんと私は、お互いを通して、見える世界と目では見えない世界とを体感しながら、共に人生を歩んでいく。

 

心強い存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母と守護霊

長年、母と離れて暮らしている。

 

それは私が実家を出て、海外や沖縄を転々としていたり、戻った時には母が膝を悪くして、マンションでの暮らしを始めたりしたからだ。

 

現在は、実家とマンションとで住む私達だが、離れていても仲が良い。

 

電話も頻繁にして、数週間に一度は会って、ご飯を一緒に食べる。

 

何時間も会話していても疲れることがなく、話題も尽きない。

 

昔から、母とは考えることや行動するタイミングが似ていて、電話をかけようと思っていると母からかかってきたり、買おうと思っていた物を母が買ってきたり、以心伝心を感じることも多かった。

 

それに加え、母に何か困り事があったり体調不良の時は、母の守護霊から私へ、メッセージや映像が送られてくることもあり、とても助かっている。

 

おかげで、高齢になってきている母の一人暮らしではあるが、私には不安も心配もない。

 

母の場合、今年からの3年間、疲れやすく体調不良になりやすいことも、以前からわかっていた。

 

誰もが12年間を1周期として、運気の上昇と下降とをくり返している。

 

その12年のうち3年間は、『冬の時期』や占いでは『大殺界』などと呼ばれ、運気が一番下がっている期間であり、体調不良にもなりやすい。

 

この期間は、断捨離や身体の休息を心がけるのが良いのだが、それを知らずに多額の買い物をしたり、大きな物事を行ったり、身体の無理をすると、負債を抱えたり、大きな病気へと繋がったりする可能性がある。

 

今年の節分以降から、母の身体に不調が少しずつ出始め、6月末、めまいや耳鳴り・頭の圧迫などの症状が出るようになった。

 

内科や耳鼻科、そして眼科へ行くと、すでに白内障を患っており、いつ緑内障に変わって失明してもおかしくない状況で、緊急に両目の手術が必要、との診断がくだった。

 

母は、今までに大きな病気をしたことがなく、目の手術も初めてだった。

 

眼科へ一緒に行き、検査結果と手術に関する話を訊きに行った。

 

片目に10分ほどの手術とはいえ、眼球にメスやレンズが入ることは、付き添いの私でも不安と怖さがあった。

 

だが、手術は急を要する。

 

私は母にとって、眼の手術をしても良い日・完治しやすい日を調べ、病院で予約を入れた。

 

身体の部位は、胃・腸など漢字で書くと月(にくづき)が入っている。

 

身体の表面は太陽と関係しているが、脳や内臓など身体の中にあるものは、月の影響を受けている。

 

その為、月の満ち欠けや月の星座によって、それぞれの部位の手術して良い日と悪い日とがある。

 

手術をしてはいけない日に、もし手術をしてしまったら、出血が止まらない・化膿する・傷がふさがりにくい・再手術が必要など、思わぬことが起こる場合がある。

 

眼科から帰宅した夜。

 

私は、部屋で寝る準備をしていた。

 

すると突然、頭の中に映像が流れ込んできた。

 

マンションに住む、母の部屋だ。

 

真っ暗で、その暗さは、母の不安などが負のエネルギーとなり、細かい塵(ちり)となって積もり、部屋全体を黒く染めているかのようだった。

 

そんな暗闇のリビングで、母が椅子に座っている。

 

しばらくすると、母の心臓の辺りから、眩しいほどのオレンジ色の光が一筋、それは天井の一点を照らした。

 

やがて光は放射状に何本も出てきて、あっという間に真っ暗な部屋を光あふれる空間へと変えていった。

 

そして、母の守護霊からメッセージが届く。

 

「これは、両目の手術の心配はいらないという映像である。

今まで大病も無く、健診にもほとんど行かずに過ごせていた。

だが、身体の手入れをする期間である。

今後も不調が出てくるが、寿命まで生きたいならば、

この期間を前向きに乗り越える必要がある」

 

続いて、母の守護天使の映像も入ってきた。

 

それは、かわいらしい子供の天使だった。

 

私は電話で、このメッセージと映像のことを伝えた。

 

母は、とても喜び、守護霊や守護天使に感謝をしていた。

 

数日後、メッセージ通りに両目の手術は無事終わり、めまいや耳鳴り・頭の圧迫も消え、順調に回復をしている。

 

しかし、内臓の不調の方は、まだ続いている。

 

今後も病院で検査をしなければならないが、母には心強い守護霊や守護天使がついているから、心配はしていない。

 

どの人にも、母のように守護霊が複数ついている。

 

本人が持つ気(オーラ)に重なるように、白い光で守護霊を感じることもあれば、姿を持って出てくるのが見えることもある。

 

母の主要な守護霊は、10代後半の少女の姿をしており、肌が白く、肩まである金髪、そして、いつも高価なドレスを着ている西洋人だ。

 

その為、母は日本人だが、インテリアや食べ物など、西洋の物を好む。

 

主要な守護霊と本人とは、好みが似ることが多い。

 

余談だが、守護霊の位置について、時々、質問を受けることがある。

 

守護霊が姿を現す時、本人の後ろや横にいるような見え方をするが、実際は、すぐそばにいるわけではない。

 

3次元であるこの世には、何層もの目では見えない世界が重なっていて、神仏の層・龍の層・守護霊の層などいくつもあり、それぞれが高次元の世界だ。

 

その高次元の世界から、例えば映写機のような物で姿が映し出され、本人の後ろや横に存在しているかのように見えるのだ。

 

「守護霊がいるなら、何故、私を守ってくれないんですか?」

 

この質問も、度々、受ける。

 

守護霊は、本人を守るだけの存在ではない。

 

本人にとって学びになることなら、辛くしんどい体験も、病気などの苦難も与える。

 

母にとって現在の体調不良とは、今まで健康に過ごさせてもらっていたんだ、という気づきや感謝に繋がり、身体へのいたわり、食生活の改善、医療従事者のありがたさや最新医療の凄さなどを体感し、学びとなっている。

 

母が様々な体験をして学ぶことで、守護霊のレベルも上がっていくのだ。

 

今後も私は、母の守護霊などの助けも借りながら、母と良い時間を過ごしたいと思っている。