【前世の記憶】心乱される記憶
私は裸足で、片足を引きずりながら逃げていた。
遠くから大勢の男の声と犬の遠吠えが聞こえ、彼らの持つ松明の明かりが近づいてくる。
気は焦るが、身体が思うように動かず、息苦しい。
どこかに身を隠したいが、石造りや木造の店が建ち並ぶ通りへと入ってしまった。
オレンジ色の街灯が所々にあるだけで、その石畳の通りは薄暗く、夜中ということもあり、店の中に入ることも隠れる場所もない。
先ほどまで通りの裏にある林に隠れていたが見つかってしまい、正面から左肩を矢で射抜かれていた。
なんとかすぐに取り除いたものの、どうやら矢じりに毒が塗ってあったようだ。
男たちや犬を避けながら、林から風下にある通りへと逃げている間も血が止まらず、身体にしびれが出てきていた。
ワンピースは赤く染まり、すでに全身にまでしびれが広がり始め、目がかすむようになってきている。
それでも「捕まりたくない」という思いが強く、塀に寄りかかりながらも、道の奥へ奥へと進んだ。
だが、そこは行き止まりになっていた。
絶望とともに、振り返る。
男たちの声と石畳に響く足音が、すぐそこまで近づいてきていた。
これは、私の前世記憶の一部である。
この記憶が蘇ったきっかけは、あるマンガだった。
今世の私は、学生の頃から、よくマンガや小説・雑誌を読んでいた。
20歳の頃、ますます本の世界に夢中になった。
絵本・図鑑・医学・宗教・旅行・歴史など、パソコン関連以外の様々な種類の本を読み、知識を得る喜び、現実逃避ができるマンガは、リラックスタイムとなっていた。
特に、篠原千絵さんの描くマンガはどれも魅力的で、何度も読み返すほどストーリーがおもしろく、よく買っていた。
そして、21歳の頃に『天は赤い河のほとり』に出会った。
読み始めると話の内容に、どこか懐かしさを感じるようになっていき、それが一体何なのか、を知る為に何度も読み返した。
すると、フラッシュバックのように、少しずつ記憶が蘇ってくるようになった。
またアクションの多いドラマや映画で、左肩をアイスピックや小刀で刺される場面を観た瞬間、私にも似た経験がある、と今世の私にはまったく体験がないのに、不思議とそう思う自分がいた。
パズルのように断片的なピースが繋がり始めると、それはやがて、恐怖や痛みのトラウマの記憶と、あの人に会いたいけど会ってはいけない、という思いをも呼び起こし、心乱れるような、息苦しいような感覚を抱くようになっていった。
すでに20年以上の時をかけて、この前世の記憶は、だいぶ繋がってきている。
だが、まだまだわからない部分も多い。
中世ヨーロッパか、もっと古い時代のような前世。
国は乱れ、あちこちで内戦が起こっていた。
私は貧しい村で生まれ育ち、やがてそこも戦場となって両親は巻き込まれて亡くなり、住んでいた場所も焼野原となった。
まだ子供だったが頼る人もなく、路上生活をしていたような記憶があり、奴隷としてか、または人買いによって、ある身分高い人の館に引き取られたようだ。
その館の一部では、人体実験を行う部屋があり、たくさんの孤児たちが暮らしていた。
透視能力や未来映像が見える人材を育て、敵地の情報を集めたりしているようだった。
私も、そこで何度も実験されていた。
そして、実験がうまくいかない時は、身体に電流を流されたり、毒を持つ虫の部屋にいれられたりと、いろいろな拷問を受けていた。
拷問によって、たくさんの子供が命を落とす環境だった。
第6感の開花は、激しい怒りや恐怖が引き金となったり、体内の生体電流が関係すると考えられていた。
現代でも霊感が強い人は、よく家電が壊れたり、キップやカードの磁気が飛ぶことがあり、これは体内の電流量が多いからという説がある。
前世の私は成長するにつれ、少しずつ第6感の能力を開花させ、他の子供たちと違って、専用の部屋やバスルームを与えられ、優遇されるようになっていった。
だが、自分の能力が戦いに使われ、多くの犠牲者を出すことに耐えられず、その施設から逃げ出した。
私は10代後半の若い女性で、腰くらいまである黒髪に、ワンピースを着ていて、裸足だった。
左肩からの出血がひどく、全身がしびれ、立っているのがやっとの状態だった。
大勢の男たちに追い詰められ逃げ場を失った私の方に、上級軍服を着た長身の男性が近づいてくる。
通りが暗く、逆光で顔はよく見えないが、その彼が私の腕を掴んだ記憶が蘇った瞬間、今世の私の脳がしびれるような状態となり、心が乱されるような感覚になった。
この男性こそが、会いたいけど会ってはいけない、という思いにさせる人物だった。
前世の記憶では、彼に腕を掴まれたところで、私は意識を失っている。
その後は、傷と毒によって出た高熱による身体の熱さと息苦しさとで、とぎれとぎれの記憶しかない。
だが、ベッドに寝かされ意識がもうろうとしている中、何度か私の頬をやさしく撫でる大きな手の感触は覚えている。
そして意識が戻り、左肩の傷が癒えた頃には、館の地下牢へと入れられた。
逃亡の罪を犯し、二度とくり返さないよう、牢獄の壁に固定された鎖に左手首を繋がれた。
ほとんど身動きができず、家畜のような扱いの中、戦いに備え、私の透視能力や未来映像を聞くのが目的でやって来る者もいた。
あの上級軍服を着た男性も何度か顔を見せ、身分や地下牢という環境に関係なく、私に優しかった。
私が館から逃げたもう一つの理由は、彼にあった。
日に日に彼への想いが募り、身分違いの恋に苦しくなったからだ。
館の主人は身分が高く年老いた男、その息子の友達が、彼だった。
戦いが多かった時代ということもあり、気性が激しく、残忍なところがある男たちの中、20代の若さでありながら、彼は穏やかで頭脳明晰だった。
ある日、私の能力が大きく戦場を変え、国に貢献をしたようだった。
地下牢から解放され、自分専用の部屋へと移される。
私は久しぶりに広いバスルームを使い、垢と汚れに覆われた身体を洗った。
お湯につかっていると、上級軍服を着た男性がバスルームに入ってきた。
メイドたちが全員、退出する。
男性が近づいてきて、手を差し伸べてくる。
二人っきりとなり、裸の私には逃げ場がない。
彼は私を引き上げ、お湯で濡れたままの私を抱きしめ、キスをした。
脳がしびれるような感覚になり、全身の力が抜けていくような快感に満たされた。
彼との身分違いの恋に関する記憶は、今世になっても私の心を乱す。
そして、第6感開花の為に受けたトラウマの記憶も同時に蘇る。
他にも前世の記憶は持っているが、この記憶だけは特殊だと思う。
21歳の頃から現在に至るまで、まだ新たな記憶がでてきたりして、全てが解明されていないように感じる。
人との出会いや物事には、縁とタイミングがある。
マンガを手に取り、この前世を思い出すきっかけとなったのも必然だろう。
そして、いつか解決するにふさわしいタイミングで、全ての記憶が一つに繋がるはずだ。
誰もが第6感を持っているが、直感や虫の知らせ程度で、能力を活用できていない。
前世記憶に関しても、脳内に封印されたままの人が多い。
でも、同じ類の本にばかり興味があったり、懐かしさを感じる出会いや出来事があったなら、それは前世と繋がりがあるのかもしれない。