霊・UFO・前世などの体験

不思議な人生の記録

【前世の記憶】琉球王国のノロ

沖縄本島への移住を1か月後に控えたある日、夢を見た。

 

自分の前世の夢を見る時、いつも懐かしい気持ちになるのとナゼか悲しくもないのに泣けてくる。

 

その夢は、暗い夜の海から始まる。

 

松明の明かりが、数隻の小さな木造船を照らしている。

 

船には白い着物を着て、長い髪の毛を後ろに束ねて白いハチマキをした10代の女性が2列になって15人ほど牛ぎゅう詰めで乗っている。

 

彼女達の一番後ろに座っているのが前世の私。

 

前世の自分を見た瞬間、情報が蘇ってくる。

 

当時の私は琉球王国「ノロ」琉球神道の女性の神官・巫)であり、木造船に乗っている10代の女性達を率いるリーダー。

 

たしか全部で3つか4つのグループがあり、すべてに「〇〇の福久」という呼び名がついていて、私のグループは「海の福久(うみのふく)」と呼ばれていた。

 

私は30代くらいの年齢で同じように白い着物を着て、長い黒髪を後ろに束ね、胸元には水晶からできているような5つの勾玉がついた長めのネックレスをしている。

 

どこかの海岸に数隻の木造船が着くと50人ほどの女性達が一斉に船から降りて、松明やロウソクを片手に列を成して木々の中を入っていく。

 

足元は石でできた道のようになっていて、歩くほどに木々は険しく、大きな岩がいくつも現れる。

 

そして目的の岩場までくると女性達は整列して正座をし、朝日が出てくるまで祈り続けた。

 

この夢を数回見た。

 

いつも夜の暗い海から始まって内容が同じだが、天候だけが違っていた。

 

晴れている日もあれば雨の中を歩いているものもあったから、前世では何度も儀式の為にそこを訪れていたのだろう。

 

だが、どこの場所かまではわからなかった。

 

実際に沖縄で滞在をするまでは。

 

 

 私が移住後、しばらくしてから友達が「斎場御嶽(せいふぁーうたき)に行きたい」と言った。

 

初めて聞く言葉で、どういう所なのか全然わからなかった。

 

しかし行ってみると、そこは夢で何度も見た場所だった。

 

斎場御嶽(せいふぁーうたき)は、琉球王国の時代に国家的な祭事をする男子禁制の聖地。

 

国王の姉妹や王女は「聞得大君(きこえおおきみ)」として任命され、たくさんいるノロの頂点に立つ神女として斎場御嶽(せいふぁーうたき)で祭事を行い、神の声を聴き、それを国王に伝えて国を守ったとされている。

 

実際に斎場御嶽(せいふぁーうたき)に立つと空気が澄んでいて、周りの木々や岩からの光のエネルギーを肌で感じることができ、当時の祈りが聴こえてくるような懐かしさがあった。

 

別の日。

 

私の前世の記憶に興味を持ったホテルスタッフが、「系図屋」を紹介してくれた。

 

現在も琉球王国の国王の血をひく一族や仕えた士族の子孫が暮らす沖縄では、戦争などで家系図や資料が燃えたりして自身のルーツが不明なことも多いらしい。

 

その家系図を文献や資料などを基に調べ完成させていく職業が「系図屋」だ。

 

60代の男性は、琉球王国時代の城跡、国王や士族のお墓などに連れて行ってくれた。

 

そうすることで新たに蘇る記憶もあるだろうからと。

 

そして男性の思惑通り、各地で私は少しずつ当時を思い出していった。

 

首里城の内部、広場になっているような所にノロである女性がたくさん集まっている記憶。

 

そして当時の私は首里城の中に自分専用の部屋を持っていて、ツヤのある濃い茶色の板の間に座り、向かいにいる10代の女性4人に神事の指示を出している記憶。

 

お墓に行くと国王や后・士族の親子の霊が姿を現し、私は「系図屋」の男性に彼らの外見や着物・冠やかんざしに至るまで伝えた。

 

仕事の資料として役に立つはずだから。

 

二度に及ぶ沖縄生活は、私の前世をたどる為でもあったようだ。

 

余談になるが、私は昔から「琉球王国」という単語に惹かれることが多く、琉球言葉やや民謡を聴くと魂が揺さぶられるような不思議な感覚になる。

 

そして父からは何度も「おまえは、沖縄へ新婚旅行に行った時に授かった子供だ。だから沖縄と縁が深い」とも言われていた。

 

また琉球王朝を舞台とした「テンペスト」が話題になった時、観に行く予定をしていた叔母が当日に体調を崩し、急遽、私が行くこととなった。

 

今思えば、これらのことも前世の記憶を蘇らせる為の要因だったのだろう。

 

今世の私は沖縄生活でも「目では見えない世界」と向き合い、日々、格闘のような状態だったが、「ノロ」をしていた前世でも神や精霊の声を聴き生活をしていたことを思うと妙に納得してしまうところがある。

 

「やっぱり私の人生は、スピリチュアルを探求していくようになっているんだな」と。

 

 

琉球王国の宮廷料理の一つに「ジーマーミ豆腐」がある。

 

落花生の豆(ピーナッツ)をすりつぶして、サツマイモのデンプンと合わせ作られている。

 

 モチモチの食感がクセとなり、タレの甘辛さが病みつきになる。

 

何個でも食べられる美味しさだ。

 

黒ゴマや黒糖のジーマーミ豆腐もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄本島の光と影

私は28歳の時に沖縄の恩納村に2年間、40代前半に沖縄市に3年半住んでいた。

 

職場は、沖縄本島の西側にあるリゾートホテル。

 

初めて沖縄に住み始めた時、アメリカのフロリダやオーストラリアのゴールドコーストのように寒暖差が少なく、海が綺麗で緑豊かな所が気に入っていた。

 

ビザ無しで海外のようなリーゾートで滞在ができることは、海外永住を諦めた私にとって、この上ない喜びだった。

 

しかし喜んだのも束の間、私にとっては過酷で大変な、正に修業を積む場所だった。

 

忘れもしない沖縄滞在初日。

 

ホテルの人事スタッフの案内で林の中に建つ寮に着いたのは夕方だった。

 

その地域は丘になっていて、いくつもの一軒家が立ち並び、それをホテルスタッフの寮として使用していた。

 

案内された家は大きな二階建てで、玄関を入り戸を開けると右手にダイニングキッチン、左手にリビング、奥に和室と洋室があった。

 

天井は吹き抜けになっていて高く、2階は20畳ほどの和室。

 

そこに私を含めて7名の女性のホテルスタッフと住む。

 

この丘に入り寮に着いてからも、ずっと私は誰かの視線を感じ胸がザワザワしていて、私の本能が「この場所に長居するのは良くない」と告げていた。

 

だが、沖縄に到着したばかりで他に行ける場所も無く、私は仕方なく和室に荷物を置いた。

 

一人だけホテルの仕事を終えて帰宅していて、夜ごはんを一緒に食べながら寮の説明などをしてくれた。

 

そして説明の最後に彼女が言った。

 

「この寮のある丘もホテルも、ものすごく幽霊が多いみたい。数週間前に寮に入った女性は霊感が強くて住むことができず、滞在一日でホテルを辞め、沖縄を去り実家に帰った。あなたは大丈夫?」

 

彼女の話を聞いて「やっぱりか~」と思うと同時に、「アメリカ・ブラジル・オーストラリアに続き、やはり沖縄でも私は霊と関わっていかないといけない人生なんだな」と覚悟を決めた。

 

沖縄は青い空と光に輝く海がとても綺麗で、南国らしい植物の花々が咲き、固有種の蝶やトンボなどの昆虫がたくさん飛んでいる。

 

そして文化も風習も食べ物も、私が生まれ育った所とは、まったく異なる。

 

沖縄は旧暦をもとにして、お盆やお正月があり、様々な独自のイベントが行われる。

 

その為、システム手帳も沖縄の行事に基づいて作られた物が売られているくらいだ。

 

また沖縄本島の西側の土地はエネルギーがとても強く、東に行けば行くほど弱くなっていく。

 

その土地エネルギーの影響もあってか、ホテルや店などの多くは西側にあり、東側よりも栄えている。

 

早朝、西海岸を車で走ってると、朝焼けの空に穏やかな海が広がり、鳳凰が飛んでいることがあった。

 

時々、龍を見かけることもあった。

 

沖縄での生活には発見や驚きがあり、毎日が刺激的で楽しいものだった。

 

しかし、沖縄本島では戦争中に20万人以上もの人が亡くなっており、その為、どこにいても霊が出てきて私を悩ませた。

 

特に4月から9月末くらいまでは戦争での死者の想いが強くなるからか、真夏の強い陽射しにもかかわらず、本島全体が悲しみに満ちた空気に覆われ寒く感じることがある。

 

また海を見ると真っ赤な血で染まっていて、戦争の悲惨さを体感できた。

 

そんな海に入っている観光客の中には、時折、体調を崩す人やホテル到着後に霊の多さによって気分が悪くなるなどして、沖縄での宿泊をキャンセルして帰る人もいた。

 

沖縄は人を魅了してやまない場所ではあるが、土地の合う・合わないがハッキリと出やすい所でもある。

 

 

沖縄のお菓子「ちんすこう」。

 

食べにくさもあって、あまり好きではないが、私が唯一、好んでよく食べていた「ちんすこう」がある。

 

それが「ファッションキャンディーのちんすこう」だ。

 

ミルクチョコレートでちんすこうをコーティングしてあって、食べやすく美味しい。

 

期間限定で出る「いちご」や「紅イモ」は、お土産にしても好評だった。

 

沖縄を離れた現在でも沖縄物産展で見かけると必ず買ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初詣に行くと見えるもの

お正月、実家で生活をしている時は近所の神社に初詣に行く。

 

小さな神社だが太い幹のクスノキが生い茂り、モズやヒヨドリの鳴き声が響き渡る。

 

子供の頃から馴染みのある神社で、この地域をお守り下さる氏神様だ。

 

毎回ではないが、初詣に行くと見えるものがある。

 

それは紙吹雪だ。

 

数年前に初めて見た時は驚いた。

 

空気が冷たい朝の日差しの中、神社の鳥居近くまで来ると何かが空中から落ちてきているのに気づいた。

 

七夕で使う短冊のようなサイズの物が光に反射しながらヒラヒラと、たくさん舞っている。

 

それは金色や銀色をした薄い物で紙吹雪のように見え、神社全体を華やかに彩っていた。

 

「何これ?」

 

頭上高く空中から現れるそれらは手で掴もうとしても取ることができず、地面に落ちる前に消えてなくなる。

 

周りの参拝者は、誰一人、気づいておらず、静かに祈りを捧げていた。

 

今までに数回、初詣の時にだけ見える紙吹雪のような物。

 

お正月で神様も宴会をしてるのか!?

 

詳細は不明だが、この紙吹雪のような物が見える時は、いつも以上にその年が良くなるような気がする。

 

 


 

 

 

 

 

不妊治療を始める前に

不妊治療に関する広告がよく目につくようになった。

 

結婚をしてから数年で不妊治療に通う人も多いようだ。

 

私の所にも時々、友達や知人から「子供が欲しいけど、なかなかできない」という話を持ちかけられることがあった。

 

その中には不妊治療を考えている人、すでに治療を始めている人もいて「子供が欲しい」という強い思いとともに焦りや諦め、苦しさなども私に伝わってくる。

 

そんな彼女達に私は「目では見えない世界」からの視点で話をする時がある。

 

まずは不妊治療をする前に(または不妊治療を止めて)、そのお金を使って一年くらいと期間を決め、美味しい物を食べに行ったり、エステや旅行など自分自身を喜ばすことをしたり、夫婦の時間を楽しむよう伝えている。

 

「子供が欲しい」と思えば思うほど、それがストレスとなり妊娠しにくくなっている人は、毎日を楽しんでいると自然と妊娠する。

 

また家やマンションの中心に立って方角を見た時、南東や北西に位置する部屋で北枕または西枕で寝ることもオススメしている。

 

南東や北西以外の場所で寝ることは身体の疲れが取れなかったり、不妊や流産の原因となることがある。

 

これらを試してみても妊娠しない場合は、次の原因が考えられる。

 

①「身体の年齢」が妊娠や出産ができる年齢に達していない

②今世の課題に「子供を授かる」という課題がない

③自分や旦那さんのご先祖さんに何度も中絶をしている人がいる

 

①について、どの人も「実年齢・身体の年齢・魂年齢(生まれ変わった回数)」を持っている。

 

誕生日ごとに増えていく実年齢はただの数字であり、身体の年齢と魂年齢こそが、その人自身を形成している。

 

例えば、実年齢が30歳でも身体の年齢が15歳だった場合、妊娠はしにくい。

 

更に人生経験を増やし実年齢を重ねることで、身体の年齢も上がり成長していく。

 

高齢で初産となる人は、この「身体の年齢」が実年齢よりもかなり若いのだ。

 

②については前世で子供を持ち、あらゆる経験をして課題が終わっている為、今度は「夫婦だけの結婚生活をする」または「養子を育てる」という課題の可能性がある。

 

③は私の知人から教えてもらったことだが、彼も幼少期から「目では見えない世界」での体験を持っている人だった。

 

そして様々な体験を通して不妊の理由の一つに、あの世から各家に子供を授ける人数が決まっていることを知ったそうだ。

 

中絶を繰り返し、授かった子供の数を減らしていると子孫にまで行き渡らないことがある。

 

その為「子供を授かる」課題を持っていたとしても、「子供がほしい」と切望しても、このような家系では妊娠は望めない。

 

不妊治療は、夫婦の身も心も削り疲弊させていく。

 

だから治療を始める前に、まずは上記を試してみてほしい。

 

身体を温めて妊娠しやすい身体づくりをしてみてほしい。

 

子供がなかなかできずに悩んでいた私の友達や知人は、妊娠・出産を体験して、現在、子育てに奮闘しながらも楽しんでいる。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

相手を助けると自分も助けてもらえる

昔から「良い行いを人にすれば、自分に良いことが戻ってくる」という言葉を聞く機会が多かったが、正直なところ、学生の頃は実感がわかなかった。

 

しかし20代後半の体験で、理解ができるようになった。

 

当時、アメリカ留学とブラジルでのホームステイを終えて実家へと戻り、何日間も出てくる私自身の未来映像を見ながら「今後をどうするか」悩む日々を送っていた。

 

いくつかの未来映像のうち心がワクワクしたのが、やはり海外で生活をしているもので、黒いスーツ姿で働いている自分を見ると「海外永住の可能性もあるかもしれない」と心が躍った。

 

だが同時に「目では見えない世界での体験」による過酷な生活の可能性も未来映像には含まれており、不安もあった。

 

実家に住み、慣れ親しんだ保険事務の仕事をする未来映像もあり、それは金銭面でも精神面でも安定した生活となるとわかっていたが、当時の私には選択ができなかった。

 

「目では見えない世界」を追求し、自分自身を磨くことは「安眠を手に入れること」にも繋がるからだった。

 

実家にいても海外で生活をしていても訪問してくる霊が多く、ほとんど熟睡できない毎日で、経験を積んで少しでも自分のレベルを上げることで下級霊を寄せ付けないように、また視野を広げることも必要不可欠だった。

 

そんな訳で、また海外に行くことにした。

 

どこの国にするかを決める為、情報を集めに出かけると街中のあちこちで「オーストラリア」の文字が目につくようになった。

 

すると通りがかった旅行会社で「オーストラリアでワーキングホリデー」のパンフレットが目につく。

 

早速、旅行会社の中にある留学やワーキングホリデーの部署に行き、出発の手続きを始めた。

 

オーストラリアのゴールドコーストで「海外カウンセラー資格」を取る為のインターンシップとワーキングホリデーに行くプラン。

 

数か月後に出発を控えたある日、同級生のW君を街中で見かけ、声をかけた。

 

5年ぶりに再会をしたW君は、私の顔を見るなり驚くことを言った。

 

数日前に私が帰国をしていることを友達から聞き、「ずっと連絡を取りたいと思っていた」と言う。

 

そして「もし今後も海外に行く予定があるなら、俺も一緒に連れて行ってくれ」と。

 

彼は割烹料理の板前をしていて「いつか海外で自分の腕を試したい」と思っていたが、海外生活をする手続きや段取りの方法がよくわからない状態だったと言う。

 

当時は、まだまだ留学もワーキングホリデーに行く人も少なく、海外での日本食レストランも少なかった。

 

私は彼を連れて行く為にワーキングホリデーやホームステイの手続きなどを率先してこなしていった。

 

渡豪の当日、同級性のW君と同じ飛行機に隣同士に座っているのが不思議な感じがした。

 

冬の日本から夏のゴールドコーストに到着し、空港で夏服に着替える。

 

晴天で白い砂浜に真っ青な海のサーファーズパラダイスに到着。

 

波がとても高くサーファーがたくさんいて、浜辺にはライフセーバー達が海の安全を守っている。

 

そんな海の近くで私達は1か月間だけ、それぞれの場所でホームステイをする予定だった。

 

その間に彼は、アパートと仕事を探す。

 

私は、海外カウンセラーの資格を取る為のスケジュールをこなしながら、アパートを探す予定だった。

 

海外カウンセラーは留学する人にアドバイスをしたり、現地の情報を伝えたり、留学生とホームステイ先の仲介などをしたりする。

 

その為、現地の観光名所や語学学校、ホームステイの受け入れをしている家族に会いに行ったり、ボランティア活動をしたりと忙しい日々を送った。

 

アパートも見つかりルームシェアをするが、私の場合、アメリカ留学と同様で金縛りも多く住むことが困難となり、2か月に一度は住まいを変える状態だった。

 

そんな中、日本人のMちゃんと出会い、一緒に住むことになった。

 

彼女も海外永住を希望している一人で、いつも穏やかでワインが好きなMちゃんと飲んで話をしているとホッとした。

 

ゴールドコーストに滞在して8か月くらいが経った頃には資格を取得し、私はツアーガイドとして黒いスーツを着て働いており、充実した毎日を過ごしていた。

 

しかし、いつまで経ってもゴールドコーストでの暮らしは、私にはしっくりこなかった。

 

旅行と違って住んでみると「土地の合う・合わない」が必ずある。

 

何か不満があったわけではない。

 

ただ「この土地ではない」という感覚と馴染めず落ち着かないモヤモヤ感があった。

 

一方、同級生のW君は、ずっとラーメン屋でバイトを続け、友達も増え、英語も少しずつ話せるようになり、日本人の彼女もできて楽しそうだった。

 

板前の腕を活かして、バイト先で日本料理やお寿司も提供をしていた。

 

私が帰国を決めた頃、W君の彼女の妊娠が判明し、彼は結婚を決意した。

 

そして彼はオーストラリアに住み続けている。

 

私は帰国後、一年の寒暖差が少なくビザが不要な沖縄に行こうかと考えていた。

 

そんな時にゴールドコーストでルームメイトだったMちゃんから電話があった。

 

帰国していた彼女も同じように沖縄行きを考えており、すでにホテルで働く為に履歴書を郵送し、採用の回答を待っているところだった。

 

私も同じホテルを受けることに決め、履歴書を送った。

 

数日後には電話での面接があり、とんとん拍子に採用と沖縄に行く日程が決まった。

 

そのことを伝える為にMちゃんに連絡すると彼女は沖縄行きを止めて「ハワイに行くことにした」と言う。

 

彼女の履歴書は、なぜか郵便ポストの中に何日も置き去りにされていたことが判明し、郵便局長が謝罪に来たとのこと。

 

ホテルに履歴書が届いていなかったことを知らなかった彼女は、「不採用だったのだ」と思い、ハワイ行きに気持ちを切り替えていた。

 

人の出会いや運命の流れは、とても不思議なものだ。

 

今思えば、私がゴールドコーストに行ったのは、同級生W君の手助けとMちゃんに出会う為。

 

同級生W君にとっては転機の時期であり、私との再会も彼の守護霊の段取りだったように思う。

 

私はMちゃんと出会ったことでホテルの情報をもらえて助かり、沖縄での生活が転機となった。

 

どう考えてもポストの中に履歴書が放置されていたことは、普通ではありえない。

 

Mちゃんにとっては私に沖縄のホテルの情報を教える為に、いろいろ調べてくれたような結果となった。

 

そしてハワイに行った彼女は、そこで出会った男性と結婚し、今はアメリカのラスベガスに住んでいる。

 

もしW君と再会をしていなかったら。

 

もしMちゃんの履歴書が、ちゃんとホテルに届いていたら。

 

全然違った未来になっていたかもしれない。

 

 

 

オーストラリアでは水よりワインが安く、よく飲んだ。

 

普段は辛口のワインを飲むが、オーストラリアで初めて「貴腐ワイン」というものを知って、はまった時期がある。

 

別名「デザートワイン」とも呼ばれ、甘味があり、熟成によって色も濃く、味も濃厚に値段も高くなっていく。

 

私はバニラアイスにかけて食べるのが好きだった。

 

安い貴腐ワインとアイスでも、合わせるとリッチな味わいになり、心を満たしてくれた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人に悪影響を及ぼす厄介な霊

良い霊や役立つ霊などもいるが、人の身体に悪影響を及ぼす厄介な霊もいる。

 

この厄介な霊は、死後も「この世」での未練や執着を手放せず、「あの世」へと戻ることを拒み留まっている。

 

未練や執着に捕らわれた霊は、自分の思いをスッキリさせることだけを考えて行動する為、生きている人の身体のことや状況を考えず影響を及ぼしてくる。

 

私の周りでも時々、被害に遭う人がいた。

 

サンマ好きの霊に憑かれ、ある日突然、味覚が変わり、朝昼晩と「サンマ料理」ばかり作って食べるようになった人。

 

タバコ好きの霊に憑かれ、チェーンスモーカーとなった女性達。

 

霊は生きている人の身体を通して、自分の好きな物を体感しようとする。

 

中でも厄介なのは「色情霊」と呼ばれるもので、死んでも肉体を求めて彷徨う霊。

 

自分と波長が合う人や好みの人が見つかると身体を触りにやって来る。

 

寝ている時に身体を触られているように感じたり、Hをしている夢を見たことがある人、四六時中、Hなことを妄想している人などの所には色情霊が来ていて影響を受けている可能性がある。

 

中には、この色情霊によって妊娠反応が出る人や子宮がボロボロに傷ついたりして病気になったり、手術で子宮の中から髪の毛や骨のような物の塊が出てくる人もいる。

 

最近「事故物件」という言葉をよく聞くようになったが、住む場所によっては体調不良になったり事故に遭ったりするようになる為、しっかり調べることが大切だ。

 

戦のあった土地では現在もたくさんの落ち武者の霊がいたりするし、病院、池や沼の跡地に建つマンションや家に住むのもオススメしない。

 

自殺した人は死後も苦しみや悩みから解放されず、死んでからも何度でも自殺を試みる傾向がある。

 

場合によっては自分と波長の合う人や境遇の似ている人に憑き、その人の身体を使って自殺をしようとする。

 

これによって「自殺の名所」と呼ばれる所ができてくる。

 

「目で見える世界」と「目では見えない世界」とは、重なって存在しているから気づかないうちに影響を受けている人が多い。

 

昔、知人の女友達が「パワースポット」と呼ばれる場所を巡るのが好きで、よく神社や滝などに行っていた。

 

そして、ある滝の所で「行者の霊」に憑かれ、気づかず家まで連れ帰り、翌日に激しい胃の痛みに襲われ数日後に亡くなった。

 

その滝は霊場として知られている所で、古くから行者が修業をする場所だった。

 

神社やお寺、滝などの「パワースポット」と呼ばれる所は、たくさんの霊がいる為、悪いエネルギーを受けたり霊そのものを連れて帰ってしまうことがある。

 

日頃から感受性が強かったり、人に同情をしやすい傾向があればパワースポットは控えるほうがいいと思う。

 

私は20代から30代の頃、寝ている時に霊が来ると金縛りになることが多く、それにより体調不良になることに加え、歯の摩耗がひどかった。

 

学生の頃まで私には二本の八重歯があったが、頻繁な金縛りによって歯を食いしばり、摩耗していき、いつも口の中にはザラザラと削れた歯の粉が残るようになった。

 

そして、いつの間にか八重歯は無くなっていた。

 

体調不良や痛みを伴うことは金縛りの経験回数が増えると自然と防御法が身につき減っていったが相変わらず摩耗はひどく、30代後半から歯を守る為にナイトガードをつけるようになった。

 

事故や火災などで亡くなった霊は、この世の未練や執着を手放さない限り、ずっとケガの痛みや火の熱さ・火傷を感じたまま彷徨う。

 

私の所にも時々、そういった霊がやって来ることがある。

 

話を聞き、痛みや熱さを一緒に体感することで彼らの悩みや訴えが解決した時、やっとケガが治ったり、焼けただれた皮膚が綺麗に治っていく。

 

しかし体感した私の身体は、しばらくの間、痛みや熱さが残る。

 

 もちろん霊から治療代やナイトガード代はもらえない。

 

霊の未練や執着を解決することは、時に私の身体を張らなければならず、かと言って恩返し的なものは一切ない。

 

仕方がないから毎回「徳を積んだ」と自分を納得させている。

 

 

 頑張った時のご褒美プリン。

 

プリンが好きで、以前、友達からお土産でもらった「大仏プリン」が美味しかった。

 

容器も小物入れに使える。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は繋がっている

私は時々、空気中に無数の光の粒子が見えることがある。

 

一粒ずつが回転をしていて、すべてが数珠のように連なっているように見える。

 

その粒子に乗り、人の想いは相手に伝わるようだ。

 

たとえ言葉を使わなくても。

 

こんな経験はないだろうか。

 

「あの人に連絡しなければ」または「会いたいな」と思っていると、その人からタイミング良く連絡がくる。

 

友達の夢を見た日、その友達から連絡がくる。

 

相手が友達ではなく、両親や兄弟でも良い。

 

他に「虫の知らせ」の体験も、この粒子によって良くない出来事を察知したり、誰かが亡くなるのを予感するのだと思う。

 

私の場合、上記の体験も多く、良いタイミングで連絡がきたり、何年も会っていない知り合いが亡くなる前には死臭とは違う「かすかな臭い」がしてくることがある。

 

それを言葉にするなら「亡くなる気配の臭い」といった予感に近い感覚。

 

そして亡くなった後に、その人が霊となって訪問してくれることで「やはり、あれは亡くなる気配の臭いだったのか」と確信する。

 

父の場合もそうだった。

 

2020年の8月に父が亡くなった。

 

父とは30年近く会っていないが、5年に一度くらいのペースでメールや電話をしていた。

 

今年の春頃、突然、げっそりと痩せた体調の悪そうな父の様子と病院の映像、そして「亡くなる気配の臭い」が私に届いた。

 

父は長い間、肺や肝臓が悪く入退院を繰り返し、4年前の電話では「ガンになった」という話も聞いていた。

 

結局、それが父との最後の電話となった。

 

今年8月のある朝、洗面所で顔を洗っていると、また父の映像が届いた。

 

病院の個室で窓から外を眺めている父の後ろ姿。

 

そして父が振り返る。

 

窓からの日差しに照らされて後光が射しているのように見える中、父は清々しい表情をしていた。

 

その映像を受け取った二日後、父は亡くなり、霊体となって私のもとに現れた。

 

久しぶりに会う父は病から解放され若々しい姿で、「悔いのない人生だった」と晴々としていた。

 

父は亡くなったが、悲しさは全くない。

 

だが、父の肉体から発せられる声は「もう聞けないのだな」と思うと少し寂しく感じることがある。

 

時々、友達の「現在の様子」の映像も届く。

 

その映像は病院からで、友達が誰かの付き添いをしていて、うつむき加減で不安そうに病室のベッド脇にある椅子に座っている様子だった。

 

私が友達に連絡をしてみると、彼女の息子が骨折をして入院し病院にいるという回答だった。

 

また別の日には友達の夢を見て、その中で「友達に伝えてほしい」とメッセージを預かることもあった。

 

するとタイミング良く、必ず友達の方から連絡がやってくる。

 

私が友達の夢を見たことなど知らないはずなのに。

 

このように空気中にある無数の粒子は人との繋がりを支え、想いや状況を伝える役割があるようだ。

 

 また明るく前向きな人のそばにいると自分も元気をもらえて前向きになれたりするのは、この粒子を通して、その人からのエネルギーを受け取るからだ。

 

粒子によって、人は無意識のうちに周りの人へ影響を与えたり受け取ったりをしている。

 

良い出来事や人を「引き寄せたい」のであれば、自分自身がプラス思考を意識して、自身の持つ気(オーラ)をプラスエネルギーにすることも重要だ。

 

コロナ感染や天災、内戦など世界各国で問題が起き、負のエネルギーが蔓延している今だからこそ、日常の中で少しでも幸せな時間を見つけ、自身の気(オーラ)をプラスエネルギーにする努力は必要だと思う。

 

一人一人が意識をしてやれば、それが粒子に乗り、自分の周りの人へ良いエネルギーを届けることができ、やがてそれは地球全体へと広がっていくだろう。

 

粒子によって、世界中の人と繋がっているのだから。